力任せに布団を奪い取ると、小さく自分を抱きかかえる、紺野さんの背中が現れる。けれど長い手足は丸まり切らず、若干身体の端からはみ出していた。
「寒い」
「……寒いって、こんだけ天気良くて暖かいのに。ほら、紺野さんも虫干ししてあげる」
ベランダに干すべく僕が抱えた布団に、必死で手を伸ばす紺野さんの手をぺちりと叩く。恨めしげな視線を無視すると、僕は引っ込めようとした彼の手を、むんずと掴んだ。
「おいこらミハネ、俺は布団じゃねぇぞ。大体な、仕事明けで俺は眠いんだよ」
「だから、人間は寝溜め出来ないんだってば。それに布団じゃなくても、ちょっとお日様に当った方がいいよ、紺野さんは……ってか、もしかして髪の毛あれから切ってないの?」
ブツブツと文句を呟き、ゾンビの如く陰鬱な様子で身体を持ち上げた紺野さんに、思わず僕は目を見開いて盛大なため息をついた。
三ヶ月前に僕がカットし、染めてあげた髪はすっかり伸びきり、天辺が焦げ茶と金髪の見事なプリンだった。
しかも寝ぐせのボサボサ加減と、生えるに任せた無精ひげが、更に残念さを際立たせている。
全く、高々ひと月見ない間にえらい変わりようだ。
「あぁ、せっかくの美人が見る陰もないよ」
長い前髪に隠れた切れ長な瞳は、色素の薄い綺麗な茶色。鼻筋の通ったシャープな顔立ちを持つ紺野さんは、徹夜明けでさえなければ、お世辞抜きで本当に美人なのだ。
それなのに今はちっともそんな容姿は想像出来ない。
「うっせぇ。俺は身繕いなんてどうでも良いんだよ」
うな垂れるように膝から崩れ落ち、両手を床についた僕をウザったそうに見やり、紺野さんは胡座をかきながらボリボリと頭を掻く。
「虫干しの前にお風呂っ、お風呂に入ろう紺野さんっ」
そこはかとなく漂う汗臭さ。慌ただしく立ち上がった僕は、紺野さんの腕を勢い任せに両手で掴み引っ張り上げた。
「いてぇよ。お前は小さいクセに相変わらず馬鹿力だな」
「火事場のなんとかだよ」
のろのろと立ち上がった紺野さんは、百七十センチ弱な僕とは違いすらりと背が高い。少しばかり不規則な生活で痩せ気味だけど、それでもその高さが堂に入るくらいの綺麗な身体つき。
「キモイ顔して見るな」
「んー、思わずうっとりした」
「ウザイ」
「酷いなぁ」
そんなことを言われても仕方がない。だって僕は、このボロアパートの隣人――紺野文昭さんが好きなんだから。
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