どんなに愛想がなくても、感情こもってるのかが曖昧でも、紺野さんがそう言ってくれる間は、まだ僕の居場所はなくならない。
だからそれを聞くだけで僕は満足なのだ。
「湯当たりするからそろそろ上がろう。紺野さんもう二日以上なにも食べてないんだから倒れるよ」
真っ昼間で客の少ない銭湯のお湯は、充分過ぎるほど熱くて、あっという間に身体が茹だりそうになる。けれどそんな熱いお湯には慣れているのか、紺野さんはしれっとした顔で湯に浸かっていた。
「そうだ、お風呂出たらご飯食べに行こうよ」
「面倒くせぇな」
「またそんなこと言って」
心底面倒臭そうな表情を浮かべ、ブクブクと口元辺りまで沈んだ紺野さんは、一人小さく唸りながら両手でざぶざぶと顔に湯をかける。
やることなすこと残念なくらいオッサン臭いのが、本当に玉にきずだ。
紺野さんはついこの間、二十四歳になったばかりで、まだまだ若い筈なのに……中身はもう既に四、五十歳は過ぎていそうで、正直すごく悲しい気分。
「紺野さんちの冷蔵庫、今空っぽだよ? 食べに行った帰りに買い物行こう」
「……ミハネ、お前また勝手に掃除したな」
「うん」
一昨日、紺野さんの部屋にある冷蔵庫を覗いたら――大半が痛んでいたので、遠慮なしにすべて僕が処分させてもらった。
「仕事でこもると大して食べないんだから、取りかかる前に声かけてくれれば良いのに」
「んなのいちいち気にしてられるかよ」
「そんなんで、今までよく生きてこれたよねぇ。もしかして世話され慣れてるのってそういうこと?」
生活力が皆無な紺野さんが、今日までなんの不自由なく過ごしているのは、やはりあれこれ手を焼いてくれる人が、いるからなのだろうか。
しかしこの半年でそんな影は見当たらない。
「婆さんと聡が勝手になんでもしていくんだよ」
「……え? お婆ちゃんと園田さんが?」
「お前が来てからしなくなったけどな」
僕の心を、読んだかのようなタイミングでぼそりと呟き、紺野さんはおもむろに立ち上がる。そして僕を湯船に残して去っていく。
彼はガラガラと、鈍い音をさせながら開かれた、ガラス戸の向こうへ消えた。
「ふーん。じゃぁ、紺野さんの彼氏彼女は、お婆ちゃんと園田さんにリサーチすればわかるんだ」
大家のお婆ちゃんは、紺野さんの実のお婆ちゃん。園田さんはいつも紺野さんの仕事を管理してる人。外堀は身近なところから埋めるべきか。
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