実に楽しそうに笑う、園田さんはしばらくこらえ切れない、と言うように笑い続けた。
しかし馬鹿にされたとは感じていない。あまりにも僕が明け透け過ぎて、それがおかしかったのだろう。
ひとしきり笑うとごめんね、と謝ってから返事を待つ僕の頭を、優しく撫でてくれる。そしてなぜか、眩しいものを見るみたいに目を細めて、ひどく柔らかく微笑んだ。
「うん、文昭の恋愛は……わりと普通ですね。顔の良さに寄ってくる女の子たちを、断り切れずに付き合って、あまりのコミュニケーション能力のなさに別れる、みたいな。いつもそれの繰り返し。好みはまあ、可愛い子が好きみたいですけど」
「そ、それって普通って言わないと思う。イケメンありきなお話でしょ? あ、園田さんも顔がいいから、変な耐性ついてるんだよ。これはフツメンにはあり得ない展開だからね」
えー、そうなのかな、なんて首を傾げる園田さんは、どう見たって勝ち組だ。でもやっぱりあの人は昔からモテるんだな。
まあ、そうだよね、身綺麗にしてたら男前だし、付き合ってみたーいなんて女の子はいっぱいいるよね。
けれどやっぱり女の子なのか、と言う残念な気持ちがある。
いくらアピールしたって平凡ここに極まれり! みたいな男の僕じゃ、可愛くてふわふわで柔らかな女の子には、勝ち目がない。
「文昭は、ミハネくんが好きだと思いますよ」
「え?」
「君と一緒にいる文昭はなんだか楽しそうだ」
「も、物珍しいだけじゃ」
「そうかな? そうじゃなきゃ、ミハネくんをあのアパートに連れ帰ったりしなかったよ」
うろたえた僕が視線をさ迷わせると、園田さんはぽんぽんとなだめすかすみたいに優しく頭に触れる。
あの日、道の端にうずくまっていた僕。
ちらちらと雪が降っていて、すごく手がかじかんで、履いていたスニーカーの中の指さえ冷え切っていた。
駅の方角から歩いてきたあの人は、そんな僕の前を一歩二歩と進み、ふいに足を止めて振り返った。そしてなにげない調子で「飯が食いたきゃついて来い」と呟き、また歩き出した。
その声を聞いた僕は、なぜだかわからないけれど、誘われるままに彼の背中を追いかけていたんだ。
「ミハネくんはいまのまま、まっすぐにあの男にぶつかっていけばいいですよ」
「園田さん?」
どこか確信に満ちたような眼差し。その視線を見上げて、僕は思わず首を傾げてしまう。けれどピリリっと急に着信音が鳴り響き、園田さんは後ろを向いてそれに応答する。
僕はと言えば、なんだか胸の奥に不思議なぬくもりを感じて、確かめるようにぎゅっと胸元を握りしめた。
「ごめん、話の途中で。ちょっと編集長にどやされたから、文昭の様子を見て来ますね」
「あ、うん」
もう一度僕の頭を撫でて、園田さんは急ぎ足で鈴凪荘へと向かって行った。遠くなっていく後ろ姿を見ながら、僕はいつまでもぼんやりとその先を見つめる。
あの日、紺野さんはどんな気持ちで僕に声をかけたのだろう、そんなことを考えて立ち尽くしてしまった。
「ミハネくーん」
「あっ、はい!」
少し周りの音が遠ざかっていたけれど、名前を呼ばれて我に返った。声の先へ視線を向けると、有希さんがこちらを見ている。
なんだろうと思ったが、先ほど時間を見た時に十四時半を過ぎていた。慌てて時計を確認すると、もう昭太郎くんの下校時間になるところだ。
「ご、ごめんなさい! お迎え行ってきます!」
「急がなくていいよー! 道に気をつけてね」
「行ってきまーす!」
飛び上がるように駆け出した僕に、道行く人たちが振り返る。しかし立ち止まっている場合でもないので、そのまま小学校を目指す。
けれどこういう急いでいる時に限って、声をかけられて、たびたび足を止めてしまうのはなぜだろう。
運悪く踏切もなかなか開かず、無意味にその場で足をジタバタしてしまう。校門にたどり着いたのは十五時十五分。
いつもならもうその場所で、昭太郎くんは待っている。それなのに辺りを見回しても、その姿がなかった。
「あの! すみません!」
校舎のほうから歩いてくる、年若い先生に思わず大きな声をかけてしまい、肩を跳ね上げて驚かれる。けれど僕の剣幕に、ただならぬものを感じたのか、足早に歩み寄ってくれた。
「あの、昭太郎くん。長門昭太郎くん、まだ校内にいますか?」
「え? あ、あれ? 昭太郎くん、いませんでした? お迎えが来るからここで待ってるって、さっき、あ……すみません! 少しだけと思って離れてしまって」
キョロキョロと辺りを見回す先生は、どんどんと顔が青くなる。その表情に、こちらまで落ち着かない気持ちになってしまうが、思い出したように僕は携帯電話を掴む。
彼にはキッズケータイを持たせていた。
それを思い出して急いで電話をかけてみる。けれどコール音は聞こえるが、いくら待ってもそれに応答がない。
気をそらしていたとしても、着信音が大きいので、普段であれば気づくはずだ。
どうしようかとまた考えを巡らせて、今度はお母さんの有希さんに電話をかける。
すぐに出てくれた彼女に状況を話して、GPSで位置を確認してもらう。するとここからさほど離れてない位置で、確認ができると言われた。
けれど家に帰る方向とはまったく違う。しかしいまは訝しんでいる時間はない。とりあえずそこへ向かうことを告げて、一度通話を切った。
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