「だからと言って、いきなり相手を探すのはハードルが高いんじゃないのか?」
「ほ、本当にそんなつもりじゃなくて。男性と少しお話がしてみたかっただけなんです」
「ゲイの男と話してみて自分の反応を確かめたかったってことか? やめておけ。あんたみたいなのが警戒心なく近づいたら、男はホイホイ話に乗ってくるだろうが下心だらけだ。さっきのことで身に染みてわかっただろう」
俺だってこんな話を聞かなければ、どうにか懐柔して組み敷いてやりたいと思う。それだけの魅力がこの男にはある。しかもひどく切なげに瞳を揺らすので、その色気に当てられてしまう。
自分が理性的であることを賞賛したくなったのは今日が初めてだ。
「とりあえず表通りまで送る」
これ以上こうしているとさすがに取り返しのつかないことをしそうだ。早々に送り帰してしまわないと、俺のためにも彼のためにもよくない。しかし腕に抱いた身体を引き離そうとしたら、それを遮るように両腕を掴まれた。
「あの、あなたにも下心はありますか?」
「は?」
突然なにを言い出すのかと耳を疑ってしまう。ついさっきまであんなに怯えて青ざめていたのに、彼は頬を赤く染めながら期待に満ちた目で見上げてくる。そのどこかあどけない表情にまた言葉が詰まりそうになった。
「……ある。大ありだ。だから早く帰ったほうがいい」
「それなら、自分のわがままに付き合ってもらえませんか。あなたに触れられるのが駄目なら、確認するのは諦めます」
まっすぐな瞳が俺の目と心を捉えて放さない。この甘い囁きに抗える男はどれほどいるだろう。これはノーマルな性癖の男でもうっかりと気の迷いを起こしそうな雰囲気だ。
そして俺もまったくの例外じゃなく、誘われるままに手を伸ばした。そっと柔らかな髪を撫で、なめらかな頬を撫でると、ゆっくりと厚みのある唇に口づける。
「こんなことで確かめられるのか?」
「あなたなら、大丈夫な気がするんです」
思っていた以上に柔らかい唇に、食らいつくようにキスをすれば両腕を握る彼の手に力がこもった。
性急な口づけに応えようと必死になっている様がまた可愛らしい。口の中を撫で回すたびに漏れる声がさらに欲を煽った。
べろりと舌をこすれ合わせると、唾液が滴る。それが白い顎に伝い、扇情的な色気を醸し出す。
「キスまで初めてなわけじゃないだろう」
「んっ……こんなのは……初めて、です」
「こんなキスもしたことがないんじゃ、女が満足しないわけだな」
随分と清く正しいお付き合いをしてきたものだ。バードキス止まりだろうか。よく結婚なんてところまで持ち込めたものだな。少々不思議にさえ思う。まあ、しかしこれだけ美しい男ならば、多少思うようにならなくても手に入れておきたいと思うかもしれない。
俺でさえ唇以外も早く食らいつくしたいと思う。しなやかそうな身体に触れて暴いてやりたくなる。
タクシー乗り場まで歩いているあいだも、車に乗り込んでいるあいだも、悶々とそんなことばかりを考えていた。隣で俯く横顔に時折手を伸ばして、髪を梳くたびに濡れた瞳を持ち上げるその表情に興奮を覚えた。
「そんなに見つめられると、恥ずかしいです」
「減るものでもないだろう」
珍しく自分が昂ぶりを感じていることに驚く。いつもなら相手を手のひらの上で転がすくらいが丁度いいのに、いまは相手の手の中で踊らされている。
だがそれも悪くないと思わせるのだから、この男の魅力というものは底が見えない。若い頃のようなガツガツとした感情に、思わず笑えてしまったくらいだ。
しかし初めて訪れた部屋で初めて嗅ぐ香りに包まれ、艶めいた身体を抱きしめる。それだけでもうあとはズブズブと沈み込み、溺れていくような感覚がした。触れるものすべてを腕に抱き込んで、それを離したくないという感情に飲み込まれる。
「あっ、ぁっ」
「随分可愛い声で鳴くんだな」
「や、言わないで、恥ずかしい」
ベッドに押し倒した身体はしなやかで、腰を揺らめかせるその姿がたまらなく欲を誘った。
いじられたことがないという胸の尖りは愛らしい淡いピンク色で、舐めしゃぶるたびに色づいてくる。
「駄目、そこばっかり」
「だけど、いいんだろ? こっちは正直だ」
ベルトを外してスラックスの中へ手を差し入れれば、いまにも弾けそうなほど熱が膨らんでいた。蜜をこぼすそれを手のひらで扱くたびに甘い声が上がって、身震いするような感覚を味わう。
もっと声が聞きたくて追い詰めるようにやんわりと尖りにかじり付いた。するとその刺激だけで身体を震わせて欲を吐き出す。
「あっ、嘘。……こんなの、初めて」
「そんなに気持ち良かったのか?」
「んっ、そんなにされたら、また」
「まだ欲しいだろう?」
余韻に浸る惚けた顔が可愛くて、口づけをしながら赤く熟れてきた胸の尖りを指先で押しつぶした。さらにきつくつまみ上げれば細い腰がビクビク跳ね上がる。性格そのままに正直な身体は再び熱を孕み始めた。
「んんっ、駄目です。またイっちゃう」
「可愛く喘いでくれたら何度でもイかせてやる」
「あぁっ、そんなに、見ないでください。こんなの恥ずかしい」
「ちゃんとこっち見て素直に言えばもっとよくしてやってもいい」
恥じらうように目を伏せたその仕草に、耳元へ誘惑を囁きかける。答えを急かすように耳のフチを舌先で撫で上げれば、肩を震わせながらゆるりと視線を持ち上げた。涙で潤んだ欲情した瞳。その目にゾクゾクと熱情が高まる。
「ぁんっ、そんなにきつくしないでくださいっ」
「痛いくらいが気持ちいいんじゃないか? さっきよりもびしょびしょになってる」
「……き、気持ちいいです。でも、やっぱり、恥ずかしい」
吐き出した欲と先走りで反り立ったものがぬらぬらとしていた。指先で弾けばまたじゅわりと蜜が溢れてくる。トロトロになったそれがやけに旨そうに見えて、身を屈めて口に銜え込んだ。
「いやっ、駄目ですっ! ああっ! ぁんっ、駄目っ! あっ……あっ」
小ぶりな熱は喉奥まで飲み込めばすっぽりと口の中に収まってしまう。
たっぷりと味わうように舌を絡めてやると、腰が跳ねて太ももがブルブルと震える。この反応を見ると奉仕はあまりしてもらったことはなさそうだ。
「ぅんっ、やっ、出ちゃう、駄目」
じゅるじゅると溢れ出すものを啜りながら追い詰めていけば、指先が髪に絡んでくる。退けたいのか引き寄せたいのかわからないその手は、しまいにはぎゅっと握りしめられた。
「ぁっぁっ、ああぁんっ」
限界が近づくと身体は正直で、ガクガクと腰を揺らしながら刺激を求め始める。最後にビクンと身体が一際大きく跳ね上がると口の中に甘さを感じる白濁が吐き出された。
「……ぁっ、んっ」
残骸を残さずに舐めとって口を離せば、またぴくりと身体が震える。焦点が合わない視線はぼんやりと天井を見つめていた。
「……大丈夫か?」
「は、い……でも、もう動けないです」
「そうみたいだな」
「すごく、恥ずかしいです」
「そうか? たまらなく可愛いけどな」
目を瞬かせてゆっくりと視線をこちらへと向ける。白い肌が紅く上気しているのがまたたまらなくそそられるが、初心者にこれ以上は無理だろう。しかし手を伸ばして頬を撫でると、うっとりと子猫のように目を細める。
「眠ってもいいぞ、疲れただろう」
「はい、なんだか、ウトウトして」
「後始末はしておいてやる」
「……あの」
「ん?」
気だるげに身じろぐとゆったりと手が持ち上げられて腕を掴まれた。その手に首を傾げてみせれば、熱を灯したままの瞳で見つめ返される。
「しばらく傍にいてください」
「……わかった。朝まで一緒にいてやる」
「よかった。いなくなったら夢になっちゃいそうで」
照れたようにはにかんだ顔が幼くて可愛い。そっと髪を撫でて額に口づけると重たげなまぶたがゆっくりと閉じられた。
「まったく、可愛いにもほどがある」
小さな寝息に思わずため息をついてしまう。底の見えないものにズブズブと沈み込んで、そのまま浮き上がることが出来なくなりそうだ。
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