駅前は瑛冶がよく利用するだけあって買い物が便利だ。
スーパーだけでなく商店街も充実している。たまに仕事帰り、一緒に買い物をする程度なのでそれほど詳しくはないけれど。
誕生日のケーキは商店街の店に何度か世話になった。
目的の店は駅を挟んだ先で、構内を通り抜けていくとわりと近いらしい。
スマートフォンで道を確認する瑛冶に任せきりにしてあとに続く。
駅からは大体五分ちょっと。
マンションから駅までが二十分かからないくらいなので、ゆっくり歩いて三十分弱だろうか。
店は新しいだけあって白い外壁も綺麗で、外から店内が見えすぎない窓も良いバランスだ。
オープンにすると中がわかりやすく入店しやすいものの、食事をする場所なので見えすぎると今度は店内の客が落ち着かなくなる。
「まだ混んでなさそうですね。早めに出て良かった。先輩、行きましょう」
「ああ」
ぼんやりと外装を見ていた俺は瑛冶の声に目的を思い出し、店の中へと足を踏み入れた。
席について目的のオムライスを頼むと、瑛冶はチーズオムレツとビーフシチューにサラダとライス大盛りを添え、忘れずにプリンも頼んでいる。
体が大きく活動量が多めな瑛冶は、日頃からよく食べるので驚く内容ではない。
鍛える時間がないのに忙しすぎて太る暇もないようだ。
学生の頃はもう少しひょろっとしていたように思う。
元々背は高かったけれど、出会った時の瑛冶はもっと幼い印象で、二十代も後半に差しかかれば当たり前だが随分と大人になった。
わりと平凡な顔立ちだから目立つタイプでもないのに、包容力のある性格が頼り甲斐を感じさせるのか、近頃は結婚を意識する異性にモテているらしい。
確かに家事が万能で気の利く男は欲しくなるだろう。
若いうちは見栄えが重視されがちだが、堅実な結婚生活を送るなら瑛冶が理想の夫なのは間違いない。
「広海先輩、どうしたの? そんなに見つめられると照れちゃうんですけど」
「別に」
「あっ、そらさないでくださいよ。もっと見ていいですよ? 俺も広海先輩の綺麗な顔が見られて一石二鳥です」
「見るな」
頬杖をつきながらまっすぐに見返してこられて、視線が泳ぐ。
掴んだ水のグラスに目線を落とせば、小さく笑われてひどく気恥ずかしくなった。
「そのうち旅行とか、行きたいですね」
「……旅行か。行ったことないな」
「定番な温泉とか良くないです? 二泊くらいのんびり、は無理そうだからせいぜい一泊二日ですかね」
「お前は休み取りにくいからな」
「そうなんですよねぇ。問題は俺なんですよね」
飲食のサービス業ゆえに連休はほとんどなく、繁忙期は週一の休みになるほどだ。
その分だけ稼ぎはいいが使う機会が少ないため、かなり貯金が貯まったと言っていた。
二人で過ごす老後に備え蓄えておく、なんて笑っていたけれど、たまに羽を伸ばしたいだろう気持ちは想像がつく。
「俺が合わせてやるから、いつでもいい。休みを捻出してこい」
「え? ほんとですか?」
しょぼくれていた瑛冶の顔がパッと華やぐ。
相変わらずふさふさの尻尾がぶんぶんと振られていそうな雰囲気だ。黙って頷くとさらに喜色満面な表情になった。
「やった! よっしゃ、絶対に休みもぎ取る」
小さくガッツポーズをする瑛冶の様子につい笑ってしまう。
この調子であれば案外早いうちに予定が立ちそうに思える。無意識に頭で自分のスケジュールを思い返してしまった。
以前から自覚はしていたものの、日を追うごとに自身が瑛冶に甘くなっていく気がする。
とはいえ裏表がほとんどなく正直だからこそ、まっすぐさに引きずられてしまうのも仕方がない。
本当に瑛冶は自分と真逆なタイプの人間だ。
俺のような男に惚れている残念なやつだと呆れはしても、色々なものが噛み合わないからこそ、欠けた部分に上手いこと互いが収まっているのかもしれない。
いまでは自然と何年先もずっと隣にいるのだろうなと思えた。
「先輩、このプリン、おいしいですよ」
「……スプーンを渡せ」
「面倒なんであーんしてください」
食後のコーヒーでひと息ついていたところで、瑛冶にプリンをすくったスプーンを差し向けられた。
スプーンを渡すだけでなく、器をこちらへ差し出す行為のどこが面倒だというのか。
恨みがましく思いながら眉をひそめれば、へらっと笑って瑛冶は俺の抗議を受け流した。
「こんな人の多い場所でお前は馬鹿か」
「うーん、やっぱり流されてくれないか。残念。あっ、でも本当においしいんで、食べてみてください」
昼時になり混雑し始めた店内。周りが自分たちに注目しているわけではないとわかっていても、軽率な真似はしたくない。
断固拒否の姿勢を貫くと瑛冶は諦めてプリンの器を差し出してきた。
「卵が濃厚でカラメルがほろ苦くておいしいでしょう?」
ひとすくい口に運んだプリンは甘みが控えめな、大人のプリンと言った味わいだった。
問いかけに頷き返すと瑛冶は満足したかのように笑みを深くする。
「プリンって簡単そうで難しいんだよね。今度作ってみようかなぁ。バケツプリンとかどう思います?」
「俺は食わねぇぞ。一人で処理しろよ」
「えぇ、一緒につついて食べましょうよ」
「大体いつもケーキだって九割、お前が食ってるだろ」
「まあ、そうですね。でも広海先輩は毎日頭を使ってるのに、どこで糖分補給してるんでしょうね? 程よい糖分はイライラ防止になりますよ?」
「俺が毎日カリカリしてるって言いてぇのか?」
「先輩のツンは糖質不足とか?」
「んなわけあるか」
俺は短気であると自分でも思うが、毎日イライラしているわけではない。
実際に瑛冶もそれをわかっていてからかっているのだ。ムッとすれば手の平で口を押さえ、吹き出しそうな笑いをこらえている。
「そろそろ帰るぞ。俺は仕事があるんだ」
「はーい。じゃあ、帰りましょうか」
コーヒーを飲み干して立つと、通路側に座っていた瑛冶がさっと伝票を取りレジへと向かっていく。
外食は各々の財布から支払うことが多いけれど、どうやら今日は共用の財布からの支出のようだ。
家計の管理も瑛冶が行っているので、基本金の出し入れについて口を挟まない。
ただ昔はともかく、いまは理由がない限り二人のあいだで片方だけが支払いを持つ真似はしないよう言い含めている。
今日に関してはおそらく昼飯を作らなかったため、食費として計上するのだろう。
「今夜の晩ご飯はなににしましょうかね」
「いま飯を食ったばっかりでなにも浮かばねぇよ」
「ですよねぇ」
のんびりと来た道を戻りながら、ひたすら一人で喋る瑛冶の声に耳を傾ける。
毎度思うが、よく会話が尽きないものだと思う。
仕事中は余計な会話をしていられないし、休憩中は仮眠していると言っていたから、休みしか大いに喋り尽くせない、にしてもだ。
会話のキャッチボールがなくて気にならないのかと、横目で見ればすぐに目が合った。
「今日も素敵です、広海先輩」
「あ? 脈絡のない台詞だな」
「俺的にはあります。横顔が麗しいな、格好いいなって見てました。もう日々、俺の心のアルバムは先輩でアップデートされてますから」
「はあ、よくわからんアルバムは胸の奥にしまっとけ」
「広海先輩……好きだよ」
崇高なものを胸に納めているかのように、両手を当てる瑛冶にため息で返したけれど、さらに返ってきた言葉で動揺してしまい視線が泳いだ。
いつの間にか足まで止まって、こちらを見下ろす瑛冶の視線にそわそわとした気分になった。
それでも俯きそうになった顔を上げ、見上げた瑛冶へ瞬きを返す。
まるで猫のアイコンタクトみたいな仕草は、いまだに上手く言葉にできない、俺からの最大限の返事だ。
しっかりと見ていた瑛冶は至極幸せそうに笑って、蕩けそうなほど甘い眼差しを向けてきた。
「先輩、可愛い。大好き、愛してる」
「相変わらず言葉の大安売りだな」
「だって毎分毎秒そう思ってますもん」
人通りの少ない道に入ったのを見計らったのか、緩みきった笑みを浮かべたまま瑛冶は勝手に人の左手を攫っていく。
指を絡めてつなぎ合わせたぬくもりに胸をくすぐられ、落ち着かなくなった鼓動を誤魔化した俺は、マンションに着くまで隣を振り返らなかった。
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