大学三年の春、新しい恋人ができた。一目惚れしたから付き合って欲しいと言われて、前のめりに即OK。なぜなら彼がなかなか拝めないくらいのイケメンだったからだ。背が高くて肩幅が広くて、手足が長くて、凜々しい顔つき。
いまどきのチャラいイケメンではなくて、硬派で純和風な――男前、と言ったほうがいいかもしれない。性格も見た目を裏切らない真面目さで、マメで優しくて、これ以上のお宝物件はなかなか見つからないだろう。
そして今日は初めて彼の家にお呼ばれした。料理を振る舞ってくれるそうだ。どこまでできた男なのだろうと惚れ惚れする。
「お邪魔しまーす」
「どうぞ」
迎えられた部屋は1DKでわりと広い。隈なくチェックするみたいに部屋の中を見渡してみると、まったく散らかっていなくて、きちりと整頓されている。感嘆の声を上げれば、ものが少ないだけだよなんて謙遜した。
「
「あ、俺はビールが好き」
「そっか、じゃあ味付けはしっかり目でもいいかな」
「なにを作ってくれるの?」
「んー、ボンゴレのパスタとオニオンスープと大根サラダ」
「いいね! 楽しみ」
ここでなにかを手伝おうか、なんて言うのが可愛い恋人のあり方かもしれない。けれど自分は料理はからっきしなので、余計なことは言わないほうがいいだろう。おいしくできるはずのものが悲惨になっては困る。
「部屋でテレビとか見てていいよ」
「はーい!」
気の利く恋人の声に遠慮なくキッチンから隣の部屋へ移動する。ベッドにテーブルにオーディオ機器に本棚。物珍しいものはないが、なにかないかと部屋の中を物色して歩く。
いくら隙のない男前だからって、ちょっと恥ずかしいもの隠していたりもするはずだ。それなのに――
「えー、全然ないなぁ」
いくら探してもなにも見つからない。ベッドの下も本の裏も棚の奥も、ひっくり返してみたけどなにもないのだ。ここまで完璧すぎるのはどうなのだろうと、考えてしまう。
けれど思い直す。付き合いたての恋人を部屋に招くのだから、完璧なくらい秘密を隠すことだってあるはずだ。
「少しずつ探っていくか」
「なにを探るの?」
「なぁんでもなーい」
いまは美味しいご飯と恋人の優しさを味わうことに集中しよう。ご飯だよ、の声に、皿を並べるのだけ手伝った。
「友基、かなり飲むほうなんだね。足りるかな」
「なんでも飲むよ。あるもので平気。
大学の友人たちを集めた、飲み会という名の合コン。周りの女の子に囲まれても乗せられることなく、ずっと自分のペースを保っていたのを思い出す。その頃はまだ男が大丈夫だなんて、想像もしていなかったから、真面目だなぁという印象だった。
「そういや幸平くん、俺がゲイだっていつ気づいたの?」
「えっ! ああ、それはその、よく行く店の近くで友基を見かけて」
「あ、もしかして幸平くんのひいきの店があるの? 今度俺も連れて行ってよ」
「……う、うん。まあ、今度、その、うち」
ニコニコ笑っていた顔がふいに曇る。ゲイが集まる店は数あるけれど、案外そういうところは趣味というか性癖というか、そういうのもよく見えてきたりもする。この完璧すぎる恋人の見えてこない部分、ぜひ思いきり突いてみたい。
「もっと幸平くんのこと色々知りたいな」
「あー、でも俺はそんなに、これといって」
「そうだ、たとえばぁ~。どんなえっちが好き? 体位とか色々あるでしょ」
「ええっ?」
「もう付き合って二ヶ月くらいは経つし。そろそろいいと思わない?」
テーブルで向かい合う彼の顔が一気に赤くなった。挙動不審なくらい視線が泳いで、なんだか純情そのもの。こんなにいい男なのだから経験がないはずがない。けれどこの様子ではかなり奥手そうだ。
ちょっとだけお酒が入ったいま、話題にして正解だったかもしれない。そろそろこちらも欲求不満が溜まり始めている。
固まっている彼の元へ、両手をついて四つん這いでそろそろと近づいていく。すぐ隣にまで近づくと、俯きがちな顔をのぞき込んだ。
「ねぇ、ゆ、き、ひ、らくんっ」
向こうは硬派な男前ではあるが、こちらだって負けてはいない。女の子みたいな小さな顔に、ぱっちりとした瞳。すっと通った鼻は形もいいし、唇なんてぷるぷるだ。
友基くんはお人形さんみたいね、なんて言われて育ってきたのだ。顔にだけは自信がある。それを最大限に生かして甘えるようにすり寄ると、真っ赤な顔をして彼は振り向いた。
「キスもあんまりしてないよね? 実は付き合ってみたら好みじゃなかったとか、そういうの?」
「そっ、それはないよ。友基は素敵だよ。ただ」
「……ただ?」
ぴったりと横にくっついて座れば、身体を硬くしてまた目を泳がせる。それでもなお言葉の先を催促するように腕に絡みつくと、言いにくそうに言葉を紡ぐ。
「あの、俺、ずっと友基に言わなきゃって思ってたことがあって」
「え? なになに?」
「……えっと、その、俺……実は、ネコなんだ」
「……、……、……、ええっ?」
口がぽかんと、なんて言葉をよく聞くけれど、まさにその状況。彼の口から飛び出した単語にあんぐり口を開けて固まってしまう。脳みそまで伝達してそれを飲み込むと、思わず首を捻ってしまう。
「それって、……ああ、そう、そういうこと。道理で手を出してこないはずだよね」
「わ、悪い、ちゃんと言わなくて」
「うん、まあ……驚いたけど、全然大丈夫! モウマンタイ!」
「え?」
くっついていた身体にさらににじり寄って、ぐいぐいと迫れば、彼が後ずさろうとする。その身体を両手でえいやっと押すと、それを予期していなかったのだろう、そのまま後ろへひっくり返った。
「そういうことは早く言ってよね! もうすんごいお預けされてたから腹減りだよ。いっただきまぁす!」
「え、えぇっ!」
突然の告白に少しばかり予定は狂ってしまったけれど、下だろうが上だろうが問題ない。むしろこのイケメンを押し倒せるなんてご馳走ですよね。
と言うわけで、その後はもちろんおいしく丸ごといただきました。
――ごちそうさまです。
君の秘密を探せ!/end
※コメントは最大500文字、5回まで送信できます