藤堂と明良を同じ部屋に二人だけなんてとんでもない。この雑食男と一緒になんて絶対にしたくない。友人の大事な人に手を出すほどひどい奴だとは思わないけど、二人にするのはなんとなく色んな意味で嫌な予感がするのだ。しかしそんな僕の反応に明良は後ろでぼそりと呟く。
「俺どんだけ信用されてねぇのよ」
少し呆れたようなその声に、僕は思わず睨み返してしまった。このふわふわ軽い男を信用しろというのが、いかに難しいことなのかを明良本人はわかっていない。
「信用出来るか!」
明良は以前、渉さんのことを手が早い奴だとそう言っていたけれど、自分自身のことをすっかり棚に上げている。
「忘れてないからな」
「な、なにをだ」
小さな声で呟き、眉をひそめた僕に明良はわずかに怯む。
元々軽い印象がある明良だが。彼の馴染みであるBAR Rabbitへ連れていかれた時に、僕は自分の親友が色んな意味でだらしない男なのだということを知った。そしてなにが最悪だったかと言えば、この男は友人である僕を店に放置して帰ったのだ。たとえ酔っていたとしても、ありえない。
「大体、気に入れば即行でお持ち帰りするような男はまったく信用出来ない」
ぽつりと小声で返した僕の言葉に、明良はしまったという顔をして背中から離れていく。
あの日、明良はそこで知り合った人をいたく気に入ったようで、僕のことも忘れて、何度もしつこく口説きに口説きまくって、落としたところでさっさとお持ち帰りしてしまったのだ。
「あの時はマジで悪かったって、今度埋め合わせするから」
「次にやったらお前とは絶対にもう遊ばないからな。早く相手作れよ」
ジトリと睨み続ける僕に明良の額が汗をかく。両手を合わせて頭を下げるその姿にため息をつくと、僕らのやり取りをじっと見ていたらしい母は不思議そうに首を傾げた。
「じゃあ優哉くんか明良くんのどちらかがさっちゃんの部屋でいいのかしら」
「優哉が佐樹の部屋でいいんじゃねぇの。元々今日は二人だったんだし」
「いえ、俺は」
母の言葉に明良は藤堂に視線を向けるが、二人の言葉を遮り藤堂は慌てて首を振る。その反応に僕は思わず目を細めた。
なぜそこで拒否をする。僕と一緒にいるより一人のほうがいいと言うのかと、少し苛ついてしまった。駄目だ、色んなことがモヤモヤした状況で物事を考えると、悪い方向へ思考が流れていってしまう。
「まあまあ」
ムッと口を引き結んでいた僕の背中をなだめるように軽く叩き、明良が楽しげに笑う。目の前では藤堂が困ったような表情を浮かべている。
「その辺はあとで決めようぜ」
その声にまた不満をあらわに振り返れば、再びまあまあと呟かれる。その曖昧な返事の意味がわからないのは僕だけなのか、そう思うとまた苛々が募ってしまうではないか。そんなに僕は短気なほうではないはずなのに、なんでこんなに気持ちが乱れているんだろう。
「佐樹は男心がわかってないなぁ」
独り言のように小さく呟く明良に首を傾げると、藤堂が苦笑いを浮かべた。人の頭の上を通り越して、二人で無言の会話はしないで欲しい。
「そうね、まだまだ時間は先だもの。三人でゆっくりあとで決めなさい」
お母さん買い物に行くからと、そう言って母は佳奈姉に目配せする。免許を持っていない母にとって彼女はすっかり足だ。けれど自分の役割を心得ているのか、佳奈姉は間延びした声で返事をした。そして母の背を追い、リビングから踏み出した足を止めてこちらを振り返る。
「あ、じゃあ佐樹。布団を出しておいてよ。ついでに乾燥機もかけておきなね」
「客間の布団でいいんだろ。出しとく」
「頼んだわよ」
「わかったって」
念を押して繰り返す佳奈姉を追い払うように手を振って、玄関の扉が閉まる音を確認すると、僕はおもむろに明良の襟首を掴んで、リビングの隅へ勢いよく引きずった。
「なんだ、どうした佐樹」
急に血相を変えて近づいた僕に、明良は驚きをあらわにして目を瞬かせる。
「お前、母さんたちに変なこと吹き込んでないよな」
「変なこと? あ、あー優哉のこと?」
耳元に顔を寄せ小声で話す僕の意図を無視して、明良は普段以上の音量で返事をする。
「空気読めよ馬鹿」
「別にそんなこそこそするほどの内緒話でもないだろ、さっき優哉にも言ったし」
「なにをだよ!」
面倒くさそうな表情を浮かべる明良に眉を寄せると、僕を見ていた明良の視線が後ろの藤堂へと流れる。そしてそれにつられるように僕も藤堂を見ると、僕ら二人に視線を向けられた藤堂はどこか不安げな表情を浮かべた。
「家に連れてくる俺以外の友達を知ってるかって時子ちゃんに聞かれたからさ。最近、佐樹に出来た友達はかなりのイケメンらしいぜって言っただけ」
「は?」
「そしたら佳奈ちゃんと二人でウキウキしちゃってさ」
母のあのテンションの高さはこの男のせいだったのか。脳天気にそう言って笑う明良の頭を僕は無遠慮に叩いた。余計な事前情報を入れやがって、面倒なことをしてくれる。
「あと、藤堂にはちょっかいは出すなよ」
「へ?」
一瞬だけ僕の言葉に目を丸くした明良は、急にニヤニヤとし出してさらに笑みが深くなる。その表情に目を細めれば、肩をすくめて笑われた。
「大丈夫、大丈夫。あいつは渉と違ってバリタチだし、顔は綺麗だけど残念ながら雑食の俺でも食指が動かねぇわ」
ありえないと、手を左右に振る明良の言葉に僕は思わず首を捻る。言っている単語の意味がさっぱりわからない。なにが渉さんと違うって?
「……」
困惑したまま明良を見つめていると、急に背後で小さなため息が聞こえた。振り返ると僕らのやり取りを見聞きしていたらしい藤堂が、肩を落としてうな垂れている。
「とりあえず心配すんな。お互いなしなのは、顔見た時からわかってっからさ」
「どういうことだよ」
なにやら含みのある明良の言葉と、なぜか気落ちした様子の藤堂。さっぱり状況を理解出来ない僕は、二人を見比べながら眉間のしわを深くする。そんな僕の肩に手を置いて、明良はにやりと笑った。
「不思議と似た者同士はすぐわかんだよなぁ」
「お前と藤堂じゃ雲泥の差だ」
藤堂とだなんて比べるまでもない。
「ひでぇ」
再び明良の頭を容赦なく叩いて、僕はなぜか額を押さえて俯く藤堂のもとへ足を向けた。
※コメントは最大500文字、5回まで送信できます