立て続けに起こった事故から時間が過ぎ、一ヶ月ほど経った。その間も相変わらず小包は不定期に届いている。いったい誰がなんのためにそれを送りつけているのかはいまだ不明だ。
藤堂の写真は入っていたりいなかったり、でも確実にわかったのは写真がどんどん最近のものになっていっているということだった。なんだか少しずつ近づいてきているような気がして不安が募る。
相談した明良は仕事と恋人に忙しいらしく、何度かメールをやりとりしたが、とりあえず今度会った時に詳しく話を聞いてやるからと、まだ解決にいたっていない。
ただ「彼氏に相談しろ」と釘を刺された。僕が藤堂に遠慮して口を閉ざしていることをすぐに気づいたようだった。さすがに長い付き合いなだけあって僕の性格をよく心得ている。
「けどなんて話したらいいのかわからない」
不審な小包だけであれ以来これといって身の危険を覚えるようなことには遭遇していない。写真が届いているだけでは身辺に気をつけようがなく、藤堂に話してもいらぬ心配をかけるだけではないかとも思ってしまう。
それに藤堂の話ではこれといって彼の母親に変わりはないと言っていた。ここの関連性が薄いのであればやはり心配をかけたくない。
「佐樹さん」
「……あ、もう風呂上がったのか」
ふいに名前を呼ばれて顔を上げると、廊下とリビングを仕切る扉が開かれていて、藤堂が僕を見つめて不思議そうな表情を浮かべていた。今日は週末なのでいつものように藤堂は泊まりに来ている。
Tシャツにスウェットというラフな出で立ちで、こうしてうちにいるとすごく安心してしまう。思わず笑みを浮かべたら、やんわりと目を細めて微笑みを返してくれた。
「なにか淹れようか」
「大丈夫ですよ」
「そっか」
キッチンに向かう藤堂の背中を見つめながら、僕はぼんやりとこれまでのことを考えてみた。駅のホームでの事故、あれは人混みの中の僕を選んでのことだったのだろうか。それとも無差別ないたずらみたいなものなのか。
二度目の歩道橋も正直よくわからない。僕と間宮が行き先を決めたのはほんの数分前のことだったし、あの歩道橋を必ず渡るかどうかはわからなかったはずだ。だとしたらこれも無差別?
しかし二日も続けて災難に見舞われるのも偶然にしては出来すぎている。でも自分が誰かから恨みを買うようなことに覚えがない。やはり考え過ぎですべて偶発的なことなのだろうか。
現になにごともなくひと月も経てば、身体の青あざや手首の腫れも引いてなんとなく記憶からも薄れ始める。
「なにか考えごと?」
「え?」
ソファに座っていた僕を藤堂が少し心配げな表情をして覗き込む。いつの間にか藤堂の手にはマグカップも握られていて、しばらく自分がぼんやりしていたことに気づく。
横に並ぶように腰かけた藤堂は僕をじっと見つめている。その視線に少し考えるように目を伏せた。
怪我の原因はともかく、写真のことだけでも明良が言うように話しておいたほうがいいだろうか。
「話したくないことだったら無理に話さなくてもいいですよ」
「あ、いや、そういうわけではない。ちょっと待ってて」
優しく微笑んだ藤堂の表情に僕は慌てて首を振った。考え過ぎるのは僕の悪い癖かもしれない。これ以上は藤堂に心配をかけるのも申し訳ないと、僕は立ち上がり自室に足を向ける。
初めて届いた写真は気味が悪くてシュレッダーにかけて捨ててしまったけれど、そのあとに届いたものはなにかの証拠になるのではないかと保管していた。棚の奥にしまっていた化粧箱を取り出す。
「これなんだけど、なんだと思う?」
写真を収めた箱を手にリビングに戻ると、藤堂は不思議そうな顔をして首を傾げる。けれどその表情は僕が箱のフタを開けた途端に曇ってしまう。眉間にしわが寄り、少し険しい顔をした藤堂はじっと箱の中身を見つめた。
「これ、どうしたんですか」
ただの写真であればここまで表情が曇ることもないだろうが、何枚もあるこの写真は明らかに盗撮されたものだ。場所は自宅マンションが主で、時々外出した時のものや学校近くのもの。写真の角度は様々で、遠くからのものが多いが以外と間近で撮られているものもあった。
「あー、うん、なんか最近うちに届くようになって」
ひどく難しい顔をして箱の中の写真を手に取る藤堂に言葉が詰まる。
もっと早く知らせておけばよかっただろうかと、僕は箱の中の写真に視線を落とした。毎回届く枚数が多いので、結構な深さがあるにもかかわらず、写真のかさは箱の半分くらいになっている。ちょっと改めて考えると異常な量だな。
「佐樹さんこっち来て」
藤堂の手元を見つめながら立ちっぱなしだった僕に、写真を箱に戻した手が向けられる。まっすぐに僕を見る視線に思わず首を傾げてしまったけれど、箱をテーブルに置いてそっと藤堂の手に自分の手を重ねた。すると引き寄せるように力が込められて、僕はバランスを崩して藤堂に倒れこんでしまう。
「藤堂?」
急に抱きしめられて胸の鼓動が少し速くなった。すり寄るように頬を寄せられるとますますそれは速くなる。ざわつく胸を誤魔化すように、無言のままの藤堂にそっと腕を伸ばして首元へ抱きついた。
するとぐっと腰を引き寄せられて、僕は藤堂の膝の上に収まる形になってしまう。それが少し恥ずかしくて身をよじったけれど、背中に回された腕が僕の動きを封じるかのように強くなる。
「写真だけ? ほかにはなにもないですか?」
「え? ああ、うーん」
「なにかあったんですか?」
心配げな藤堂の表情に言葉がうまく紡げない。けれどいまここで話しておかなければという気持ちになった。直接関連がなかったとしてもなにもなかったわけではなく、藤堂には誤魔化したままになっている。
やはりずっと隠し事をしたままでいるのは、この先のことを考えるとお互いのためによくない気がする。それに僕は秘密を抱えられるほど器用ではない。
心の中であれこれと悩んだ末に、僕は携帯電話の故障や怪我の理由も藤堂に話すことにした。
「実は」
話を切り出すと藤堂の表情は驚きへと変わり、次第に深刻なものになる。そんな藤堂に戸惑いながら黙っていたことを謝罪すると、少し目を伏せたのち長くため息を吐き出された。
「ごめん」
怒っているような雰囲気は感じとれないが、申し訳なさが込み上がる。相変わらず僕は人の気持ちを汲み取るのが得意ではないなと、改めて気づかされた。僕の場合は心配をかけまいとするほうが余計に心配をかけさせることになるのかもしれない。
こんな風に藤堂の顔を陰らせるくらいなら、下手な嘘なんてつくのではなかった。
「そんなに謝らなくてもいいですよ」
「けど」
視線を持ち上げた藤堂は少し苦笑いを浮かべて僕を見つめる。その視線に僕は言葉を紡ごうとするが、謝罪しか思い浮かばなくて口を引き結んだ。いま謝ったところでなんの解決にもならない。藤堂だって謝られるのは複雑だろう。
怪我の時だってすごく心配してくれた。藤堂はいつだって僕をまっすぐに受け止めてくれる。僕がすべきことは、この先、彼に秘密を作らないことだ。
「これからはなにかあったら俺に一番に教えてくださいね」
「うん、わかった」
僕の右手を持ち上げた藤堂はその指先にくちづけを落とす。そしてその唇は手の甲を伝い手首に触れると小さなリップ音を立てた。
腫れが引くまでずっと切なそうな顔をして藤堂は手当てをしてくれた。自分の痛みのように胸を痛めて、あの時もずっと優しいキスをくれた。
だから僕は自分のことをもっと愛さなければいけないと思う。そうしなければ藤堂まで傷つける。
いまの僕たちは二人で一つなんだ。
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