見知らぬ写真
詰め込まれていた人が一斉に店先の道路へ広がり、溢れ出した。急に現れた集団に道行く人達はひどく迷惑げだ。
「あっれ、月島くん帰るの?」
幹事役のスタッフだろうか。皆とは逆方向へ足を進めた俺に、少し慌てた表情を浮かべて駆け寄ってくる。
「んー、みんなでいってらっしゃい。俺は別行動」
瀬名に言われなくたって、こんな酔っ払い集団と誰が一緒に出掛けるか。
彼が引き止めようとし始める前に、俺はひらひらと手を振って再び歩き出す。しかしふいに肩を叩かれ、それを強く後ろへ引かれた。
「渉くん。渉くん。二次会は人数多いけど、三次会には来てくださいよぉ」
「……君達いつまで遊ぶ気? 三次会なんて行かないよ」
振り返った先ではなんとなく見覚えがある三人組が、なぜか肩組みをしながら俺を見下ろしていた。確か、瀬名と同じ会社の城川と神田と久米――お調子者の三馬鹿トリオだ。
「ぜひ来てくださいよ! みんな喜びます」
「そうそう途中で抜け出して少人数で集まるんす」
「渉くんともっとお近づきになりてぇ」
微妙に道を塞がれて、不機嫌な表情を誤魔化すことなく浮かべている俺に、気づいているのかいないのか。三人は思い思いに話し始め、しまいには一人が無遠慮に抱きついて来た。
「渉くんやっぱ、めっちゃ良い匂い」
「あ、ずるいっす。俺も」
人の許可なく腹や首に抱きついているのは、久米に神田か。
「重いんだけど。って、人の話聞いてる?」
すり寄る二人にため息をつきながら、一人は襟首を掴み引き剥がして、もう一人は腕を掴んで捻り上げた。
「いでででっ」
「ひでぇ。いっつも俺らにセクハラしてる癖にぃ!」
「されて喜ぶ奴は、セクハラとは言わないの」
二人ともまとめて放ると、ぶつくさ言いながら揃って口を尖らせた。
「えー、行こうよ渉くーん」
「鬱陶しい、足にまとわりつくんじゃない」
呆れた眼差しで見下ろす俺にいまだ食い下がり、久米は人の足にしがみついて子供のように駄々をこね始めた。
「おい、久米。渉さん迷惑がってる」
「なんだとー! 城川だって渉くん好きじゃねぇかよっ。本人の前だからって格好つけんなぁ」
黙ってことの成り行きを見ていた城川が咎めるものの、久米は目を細めて彼を見上げる。そしておもむろに立ち上がり、城川を押さえ込むように抱きついた。
「なにするんだよっ」
「見て見てー! こいつの待ち受けなんだと思う? じゃーん」
「や、止めろよっ」
騒がしい二人のあいだで少し大人しめの城川。けれど久米の暴挙にひどく慌てたのか、珍しく大きな声をだした。城川の後ろポケットから抜き取られた携帯電話が、制止の声を無視した久米の手によって開かれる。
「なに、いつ撮ったのこれ」
そして俺はその画面を見ながら片頬をひきつらせた。
「ねぇ、これどうやって消すの?」
「わぁー! 待って、消さないでくださいっ」
久米の手から携帯電話を奪い取りキーをいじるが、ロックがかかっているのか動かない。
「城川くーん。これ、盗撮だよね? 犯罪じゃない?」
うんともすんとも言わないそれを指先で摘み、ぷらぷらと振れば慌てて城川が手を伸ばす。残念ながら携帯電話は、地面に落とされることを回避した。
「怒った顔も麗しいっす」
「あー、そういえば。渉くんの寝顔はめっちゃ貴重なんで、もうこいつ以外にもその写真出回ってますよ」
「君達さぁ。俺が仮眠してる時って、確か鍵は閉めてるよねぇ」
スタジオの仮眠室に入る時は絶対に内側から鍵をかけているはずだ。マスターキーがないわけではないけれど、管理室にあるそれをわざわざ使うような奴はいないだろう。
携帯電話を握り締め青い顔している城川と、気持ち悪いくらいうっとりした神田。そしてへらりとした顔で笑う久米。三人の頭を端から殴り、俺は再び城川の携帯電話を奪い取った。
「誰が撮ったの、これ」
待ち受け画面を開き三人の目先へ向けるが、揃って首を傾げ一様にさぁと呟く。
そのはっきりしない態度に思わずイラッとする。仕方なく自分の携帯電話を取り出し、城川の携帯を放り投げた。城川はまた、慌てふためきながらもそれを受け止めた。
「その写真を転送して」
「え?」
きょとんとした顔をする城川に、携帯を顎で示す。しばらく目を瞬かせていたがやっと意味がわかったのか、城川は慌ててロックを外して携帯電話をいじり始めた。
「どうせなら、メール教えてくださいよぉ」
「嫌だよ。君達に教えたら最後。アドレスを誰に回されるかわかったもんじゃない」
背中から肩に顎を乗せてくる久米の身体を大きく身を捩って払う。
「ケチーっ、俺は渉くん好きなのに」
「君の言う好きは、犬猫が好きの好きと一緒。本気度が足りないんだよね」
いまだ貼り付こうとする久米を押し避けて、携帯電話の先を差し出す城川に向き直った。
「本気だったら口説いていいんすかぁ」
「あのさ、俺にも選ぶ権利あるからねぇ」
城川から送信された写真を保存しながら、今度は横にぴたりとくっついてくる神田を引き剥がす。――なんて疲れる奴らだ。
「これの出どころがわかったら教えてくれる?」
「は、はい!」
飛び上がり上擦った声で返事をする城川。いまだ青いその顔がさすがに可哀想に見えて来たので、軽く頭を撫でてやった。しかし次の瞬間、城川は急に視界から消えた。
「ああ! マジかよ。ウケる、城川腰抜けてるし」
突然地面に座り込んだ城川を囲むと、久米と神田が大爆笑をして腹を抱える。
「じゃあね」
そんな騒がしい姿に肩をすくめて、俺は携帯電話を見下ろしながら、のんびりとした足取りで歩き始めた。
「誰だよこんなの撮った奴」
これは、仮眠室じゃない。