恋の行方
遠慮なくのし掛かっているにもかかわらず、俺に気を使っているのか瀬名はゆっくりとした足取りで歩く。しかし納得はしていないのはよくわかる。やけにため息が多い。
「最近、俺の扱いが酷くないっすか? 他の奴らに比べて言い方が冷たいし、名前も呼んでくれなくなったし」
ぼそりと大きなため息と共に吐き出された瀬名の言葉に、一瞬だけ顔が引きつる。意識はしていないものの、近頃扱いが粗野になっていることにはなんとなく気が付いていた。しかしそれは俺が悪いのではなく、この男の言動や行動に問題があるのだ。
「その理由を知りたいなら、胸に手を当てて考えろ」
「え?」
いまだブツブツと呟く声に眉をひそめ、目の前にある首をおもむろに両腕で締め上げる。突然の行動は予期していなかったのだろう。瀬名は慌てて顔を左右に振った。
「渉さんストップっ、苦しい、ヤバい死ぬ……マジで!」
「これくらいで死なないから」
焦って上擦る声に仕方なく腕を放せば、瀬名は立ち止まり大袈裟なほど肩を落とした。
「危ないな。もし俺が手を離したらどうするんですか」
「……」
ほんの少しこちらを振り向いた瀬名の後頭部に無言で頭突きすると、顔をしかめ大きなため息を吐き出される。
「まあ、さっきのはホント謝りますけど。思わずって言うか、たまらずって言うか……マジで誰にも触らせたくないし、誰にも渡したくないんですよ」
「そういう独占欲って、一番鬱陶しいんだよねぇ」
相変わらずしつこい男だ。
「いくらそんな風に言ったって駄目ですよ。俺、絶対に諦める気ないんで」
あからさまに嫌そうな声を出した俺に、瀬名は肩を揺らして笑う。
「さっきも言いましたけど。俺は好きになって貰えなくても良いんで、こうやって誰よりも渉さんの傍にいたいんです」
「待ての出来ない番犬はいらないんだけど」
忠犬そうに見えて、一番の食わせ物はこの男である。そのことに俺はようやく気が付いた。近頃の言動や行動を見ていると、真面目で爽やかな好青年はよそ行きで。元々の性格は多分かなり気が短くて荒いタイプのはずだ。
「……努力はします」
「とか言って、君はすぐ感情で動くから、信用ならないんだけど」
また先程のようなことが起きないとも限らない。
「俺だって、渉さんがいつまでも無鉄砲だと黙ってらんないっすよ。ホントいつか俺、キレますからね」
「無鉄砲ってなに。別に大したことじゃないんだから、ほっといてくれる」
「それが駄目なんだって。大したことじゃないって自分で片付けようとするから、今日みたいなことが起きるんですよ」
「なんで俺が、君に説教されないとなんないわけ!」
納得いかない瀬名の言葉に眉をひそめ、目の前にある背中を思い切り叩いてそこから飛び降りた。
「い、痛いって、ホントそういうとこは子供っすよね」
一人歩き出した俺に肩をすくめた瀬名は、ため息をつきながらも足早にこちらへ近づき隣に並ぶ。
「……なんでこうも、意地っぱりかなぁ。そういうのを面倒くさいって感じる男ならまだ良いけど。逆に捻じ伏せたい衝動に駆られる時もありますよ」
「最低」
ふいに身体を寄せて来た瀬名に身を引くが、咄嗟に手首を掴まれそれを阻まれた。骨が軋みそうなほど強く握られ、こちらを見下ろす視線を思わず睨み返してしまう。
「渉さん、もうちょっと素直になりません? 俺のことそんなに嫌いじゃないっすよね」
「……嫌いだよ」
耳元に唇を寄せ、わざとらしくそこで囁く瀬名に微かに肩が震えた。
「でも、気づいてます? 渉さんって俺だけなんですよ、触っても逃げないの。それとも、俺は何もしないって思ってた? だからあの時、油断した?」
「……止めろ」
ふいに耳の縁を甘噛みされ、息が止まりそうになった。そしてその縁をなぞるようにして伝う、濡れた感触に血の気が引いていく。
「それ以上やったら、一生許さない」
「他の奴らはすぐ許してやる癖に、俺は一生? なんで?」
「煩い、もう触るな」
顔を覗き見ようとする瀬名から視線を逸らせば、身体を抱き寄せられ首筋に唇を押し当てられる。息を飲んだ俺の気配で、更に瀬名の手に力がこもった。
「他の奴らはその場限りの関わりで良いけど、俺はそうじゃないってことですよね」
「調子に、乗るな」
いまだ首元に留まる瀬名の顔を力任せに押し退け、俺は身体を引いた。しかしほんの僅か隙間が出来た程度で、瀬名は一向に腕を放そうとしない。
隙間がなくならないよう、突っ張る腕が情けないくらいに震える。
「渉さん、俺はあんたのそういう、捻くれた性格がかなり好きですよ」
ふっと頬を緩めて笑った瀬名の表情は至極優しいものだったが、全く心が休まる気はしなかった。
「少しずつ、気づかせてあげますから」
「余計なお世話だ」
「気が強い渉さんが俺だけには見せてくれる……こういう弱った姿、愛おしくて堪らない」
「黙れ変態」
俺の身体を抱きしめていた瀬名が、肩を揺らし声を噛みしめるようにして笑った。その反応にもの凄く腹が立つ。
「すげぇ、良い気分」
「いい加減離せ、馬鹿」
決して気づいていないわけではない。この男の前では虚勢を張ることも忘れ、つい弱みを見せてしまう。そしてこうして俺を抱きしめる瀬名の腕や手に強張る身体もまた、これまでとは違うのだということを示している。
触れられることが怖いと感じるのは瀬名が男だからだ。笑って誤魔化すことが出来なくなった時点で、自分にとってこの男はもうただの人の良い仕事仲間ではない。
「渉さん、好きですよ」
「煩い、俺は大嫌いだ」
けれど瀬名は嫌悪ばかりを感じてしまう他の男達とはなぜか違う。確かに欲を持って触れられるのは平気ではない。しかしこの強引で自分本位な男に、俺は気を許し過ぎているのだ。
だがそれを認めるのも、そうして喜ばせてやるのも、もの凄く癪だと思う。瀬名の言葉通りになるのは嫌だ。だから俺は絶対に認めたりなんかしない。
「俺と真剣に恋を初めてみませんか?」
「誰がお前なんかと! 絶対にお断りだ!」
「天の邪鬼っすねぇ」
楽しげな瀬名の笑い声が、静かな夜に響いた。
Love Again/ end