02.大好きな花の名前は
向かう先は駅から十分ちょっとのところにある居酒屋。メニューがかなり豊富で酒が安い。お財布事情が厳しい学生には持ってこいな店で、光喜も何度か行ったことがある。店内は小綺麗でいつも賑わっている印象があった。夕刻になると大学生や勤め帰りの人で溢れかえる。
「勝利、お腹空いたぁ」
「お前は黙って歩けないのか」
「充電切れちゃう」
相変わらず背中に貼り付いている光喜に呆れたようなため息をついて、勝利は横にある顔を無理矢理に押しのける。しかしその程度の反撃では光喜は離れていかない。それどころかしがみつく腕に力を込める始末だ。
「光喜さん、そうやって笠原さんにくっつくのやめてください。目立つことは控えるべきだといつも言っていますよね」
「えー、鶴橋さん細かすぎ。ちょっとくらい、いいじゃん。誰も気にしてないよ」
「ほかの誰が気にしなくても、自分が気にします。もういい加減、離れてください」
後ろを歩いていた鶴橋の手が光喜の肩を掴む。それに振り向くと眉間にしわを刻んで不機嫌そうな表情を浮かべる顔があった。しかし彼が怒るのも道理である。鶴橋冬悟は一回りほど歳が離れているが、勝利のいまの恋人だ。
恋人の周りをうろちょろとする光喜は目障りな悪い虫だろう。けれど根が真面目な鶴橋は、小言は言うけれどそれほど光喜を邪険に扱わない。勝利の幼馴染みとして尊重してくれている。渋々背中から離れると光喜は隣に移動した。
「笠原くんと光喜くんはいつから友達なんだっけ?」
静かに後ろからやり取りを見ていた小津がふいに声を上げる。それに振り向いた勝利は少し懐かしそうに目を細めて笑みを浮かべた。
「ああ、俺たちは小学校の頃からだな。大学入ってあんまり会ってなかったけど。最近はなにかと会う機会が増えたな」
「懐かしいよねぇ。勝利は当時から小さくて」
「うるせぇよ! お前だって会った頃はちっちゃかったじゃねぇか」
「俺はぁ、中学で一気に伸びたからね」
出会った当初、人なつっこい勝利に人見知りだった光喜はとても憧れていた。友達が多くて、誰とでもすぐ仲良くなれる。いまと比べたら二人は正反対だった。
変わったのは思春期が来た頃。女子が可愛い、恋だなんだとみんなが騒ぎ始めると、勝利はどんどんと引っ込み思案になっていった。友達付き合いが減って、相手にどこか一線を引くようになる。その理由を光喜が聞いたのは高校に入ってから。
ひどく神妙な面持ちで、自分が同性愛者であることを勝利は打ち明けてくれた。けれど彼がゲイだからと言って見る目が変わるわけでもなく、二人はそれからも気の合う友人としての付き合いを続けていた。
女の子にしか興味がなかった光喜が勝利に恋に落ちたのは、もっと単純な理由だ。
「光喜、さっきから鳴ってないか?」
「ああ、たぶんグループメッセージかな。なんか最近やたらと飲みに誘われるんだよね」
「このところずっと彼女いないから誘いやすいんじゃねぇの?」
「えー! いまは勝利に夢中でそれどころじゃない!」
友人たちにはいまは付き合っている人はいないけれど、好きな子がいると言ってある。可愛らしいタンポポみたいな子だと惚気て、片想いなのに楽しそうだなと笑われた。
「ああ、はいはい」
「めっちゃ投げやりで傷つく!」
感情のこもらない棒読みな返事に光喜は隣の肩に体当たりする。その勢いに前を向いていた勝利が声を上げて笑う。この二人ならではのなにげない空気が光喜は好きだった。勝利が笑っているのを見ると胸がドキドキする。
くだらないことで笑い合って、楽しいことをたくさんして、ずっと傍にいられたらいいなと思う。けれどいまのこの気持ちのままではそれは叶わない。