49.まっすぐな優しい眼差し

 もうやめてくれと言い募る光喜を無視して晴は小津にあれこれと吹き込み始める。去年くらいのものであれば電子書籍でバックナンバーが見られるだろうと、光喜が載っている雑誌を事細かに教えたり、先日の撮影のことを教えたり。
 そんな晴に対し小津は興味津々な顔で話を聞いていた。自分に興味を示してもらえるのは嬉しいものの、あまり昔の自分を掘り起こしてもらいたくない気持ちにもなる。恥ずかしさが増して光喜がテーブルに額を預けていると、また楽しげな笑い声が重なる。

 ちらりと視線を持ち上げれば、晴が携帯電話を小津に向けているのが見えた。画面を指さす晴に小津は目をキラキラとさせている。訝しく思い身体を起こすと、光喜は晴の手首を掴んで画面を引き寄せた。

「ちょっと晴! なんでこういうもの撮るの!」

「えー、だって隙のある光喜って可愛いんだもん」

 写真を見た瞬間、光喜の眉が跳ね上がる。いつ撮ったものかは定かではないが、おそらく撮影の休憩中だろう。画面の中では椅子に座った光喜が居眠りをしている。さらに画面をスライドさせるとスタジオの隅でしゃがみ込んでいる姿やあくびを噛みしめている姿などがあった。

「削除!」

「駄目だよ! 貴重なコレクションなんだから!」

 ゴミ箱アイコンに光喜が手をかける寸前に携帯電話は高く持ち上げられる。ムッとした光喜が手を伸ばそうとすると、ふいに画面が変わってそれは震え出した。

「あれ? 事務所からだ。なんだろう、ちょっと失礼しまぁす」

 立ち上がって携帯電話を覗いた晴は、小さく首を傾げてから光喜と小津に視線を向けて玄関へ繋がる扉の向こうへ消える。
 賑やかな人物がいなくなりふいに部屋の中が静まった。急に訪れた静けさに残された二人は顔を見合わせる。そしてなぜか二人して頬を染めた。
 そんなお互いの反応に少し視線が泳ぐ。けれど光喜がマグカップを引き寄せると、さ迷っていた小津の眼差しが俯いた光喜を見つめる。そのまっすぐな目に光喜の胸はまた鼓動を速めた。

「こ、小津さんっていつからいまの仕事してるの?」

「ああ、本格的に始めたのは光喜くんくらいの年の頃かな。父親がやっているのを近くで見ていて興味が湧いて、初めて形に残るものを作ったのは中学生の頃」

「ふぅん、いいなぁ、手に職があるって。俺、いまだになにをやりたいかわからなくて」

「光喜くんも今度なにか作ってみる?」

「え! いいの? やってみたい」

「うん、いいよ。じゃあ次に会う時までに比較的簡単なものをピックアップしておくから」

「やった、嬉しい!」

 浮き上がる気持ちを表すように頬が熱くなる。さらに緩んでしまう顔は誤魔化せなくて、光喜は視線を落として照れ笑いをした。少しぬるくなってしまったコーヒーを飲みながら、またの機会があることに心が弾んでしまう。
 勝利や鶴橋たちとみんなで集まることはこの先もあるだろうが、二人だけで会える機会などそうそうない。嬉しさが極まって光喜は小さく笑ってしまった。

「ん? どうしたの?」

「ううん、なんでもない。んふふ」

「光喜くんはやっぱり笑うと小さな花が綻んだみたいで可愛いね」

「……小津さんってば、相変わらずメルヘンチックだね」

 じっと見つめられてじわじわと頬に熱が集まる。顔を隠すように俯くけれど、その視線は離れていかなくて、耳にまで熱が移り始めた。大きくなる胸の音に気持ちがそわそわする。窺うように光喜が目線を持ち上げれば、ブレることなく小津の視線とぶつかった。

「そんなに見られると恥ずかしいんだけど」

「うん、ごめんね。なんだかすごく光喜くんが可愛くて」

「えー、そんなのあんまり言われたことないよ」

「そうなの? こんなに可愛いのに」

 まっすぐな小津の言葉に火がついたみたいに光喜の顔が真っ赤になる。それはもう誤魔化しようもなくて、交わる視線と相まって逃げようがない。なにか言い訳を、と思うものの動揺した心ではそれも思い浮かばなかった。