60.それはどっちが本物?
こうして小津の隣を歩くのは久しぶりだ。アクアリウムに行った時以来だろうか。けれどあの時も少し斜め後ろでこそこそと小津の横顔を眺めていたので、そう考えるともっと前かもしれない。少し視線を持ち上げて見つめると、それに気がついたのか戸惑うような目を向けられる。
それでも光喜は笑みを崩すことなく目を細めた。すると小津の顔がじわじわと赤く染まり出す。その真っ赤になった顔に笑っている場合ではなくなって、驚きをあらわに見つめ返してしまった。
「小津さん、どうしたの?」
「え! あ、いや、な、なんでもないよ」
「そう?」
俯いて視線から逃れようとする小津の顔をのぞき込むように身体を屈めると、耳まで赤くなった。ついこのあいだまで随分と余裕だったのに、そんなことを思ったが、少し光喜は考えた。
これはお互いの反応に影響しているのかもしれない。光喜が落ち着いた対応を見せる時に小津が慌てふためき、光喜がぎこちない反応をしてしまうと小津が落ち着きを見せる。問いかけた時に小津は自分でわかっていないようだったから、それは無意識だ。
しかしどっちが本当の小津なのだろう、そんな疑問が湧いてくる。少年のように純情な小津と、大人の余裕を見せる小津。好きな人にはどっちの自分を見せているの? そう聞いてみたいが、無意識なのであれば聞いても答えはきっと見つからない。
「あ! そういえば」
「ど、どうしたの?」
「あー、いや、二人のリクエスト聞いてくるの忘れちゃった」
「ああ、そっか。でも光喜くんなら勝利くんの好みわかるよね?」
「ん? あ! そうだね。小津さんなら鶴橋さんの好みわかるよね」
「うん」
「それならいっか」
二人で顔を見合わせて笑い合う。その雰囲気がふんわりと温かくて、心の中で光喜はほっとする。正直言うとろくに口も聞いてもらえないのではないか、そんなことを考えていた。他人に対する気配りができる小津に限ってそんなことはあり得ないと思っていたけれど、もっとギスギスした感じになるかもしれないとは覚悟をしていた。
「小津さんは、優しいね」
「え?」
「んふふ、なんでもないよ」
「光喜くん」
「ん? なに?」
「……あ、ご、ごめん、なんでもない」
相変わらず優し過ぎるくらい優しい人。きっと言いたいことも聞きたいこともたくさんあるはずだ。どうして逃げたりしたのか、どうして連絡を取ってくれなかったのか。
もしかしたら自分たちは似たもの同士なのかもしれない、ふと光喜はそんなことを思う。二人で相手のことを思って一歩一歩と後ずさりをして、どんどんと離れていく。お互いが手を伸ばせばすぐ届くのに。
「んー、目移りするね」
「うん、思ってたより種類が多い」
スーパーについてすぐさま惣菜コーナーに足を向けた。ちょうど昼時と言うこともあってか弁当の品揃えがすこぶる良い。それを真面目な顔でじっと見つめていると、ふっと笑った気配を感じる。それに光喜が振り返ると小津はひどく柔らかな笑みを浮かべていた。
「いま、笑ったでしょ」
「あ、ごめんね。あー、えっと、光喜くんが、可愛いなって、思って」
じとりと目を細めると困ったように眉尻を下げる。それでも少ししどろもどろになりながら紡がれた言葉に光喜の胸は高鳴った。まだそんな風に思ってもらえることが素直に嬉しかった。
「もう、俺みたいに図体デカい男に可愛いとか似合わないってば」
「そうかな? 僕から見たら、光喜くんは」
「……え? 俺がなに?」
「ううん、ごめん」
言いかけて口をつぐんだ小津は少し浮かない顔をする。けれどその顔を見ると光喜の中に期待が湧く。まだ完全に心は離れて行ってはいない、そう感じられる。諦めたのだから線引きをしなければと思っていることは伝わってくる。それでもこちら側から押していくことは無駄ではないかもしれないと思えた。
「よし、俺はこの唐揚げ弁当。勝利は生姜焼き弁当かな。小津さんはなににしたの?」
「僕はとんかつ弁当。冬悟には塩鯖弁当」
「あー、とんかつもいいね」
「あとで少しあげようか?」
「いいの? じゃあ、唐揚げ一個と交換して」
「うん、いいよ」
会話を交わしていると少しずつわだかまりが解けていくような感覚が広がる。小津の落ち着きのなさは相変わらずだけれど、それでも時間が経つにつれてまっすぐと光喜へ視線を向けてくれるようになってきた。