Merry Christmas
急に寒さが身に染みてきた。しかしふと我に返ってみれば、もう十二月も終わりが近いことに気づく。道理で寒くなるはずだと、頭の回転が遅い自分に苦笑いが浮かぶ。
年末だからこんなに忙しいのかと、ほんの少し愚痴を呟きたくなった。けれど呟いたところで空しい独り言になりそうで、ため息を一つ吐き出すことでそれをうやむやにする。そしてなに気なく街の明かりを目に留めて、そういえば今日はクリスマスだ、と大事なことを思い出した。
「やばいな、最近まったく連絡してない」
忙しさにかまけて恋人のことをすっかり忘れていた。向こうからも連絡が来ないので、思い出す隙もなかった、というのは言い訳かもしれない。
俺の恋人は普段はとても大人しいのだが、たまに機嫌が悪くなると途端に刺々しくなる。そしてあれこれと俺に文句を呟いて、やけ酒したあげくに夜中に大泣きし始める。
まあ、普段が大人しいのでそれはそれで可愛いのだが、あまり機嫌を損ねるのは申し訳なさが募ってしまう。なぜならそれはその分だけ日常の中で溜め込んでいるものがあるということだ。
無頓着で気の利かない俺に、言いたいことも蹴り飛ばしたいこともたくさんあるだろう。それなのに彼はそういう俺が愛おしいのだと笑ってくれる。
「プレゼント、いまからなにか買えるかな?」
もうだいぶ遅い時間だ。そろそろデパートもショップも閉まる頃合いだろう。あたふたと周りを見回して、俺は恋人のプレゼントを探すべく走り出した。
プレゼント――そう考えても、あまりものを欲しがらない恋人の欲しいものはほとんど思い浮かばない。それでも必死に頭を巡らせて、いままでのなに気ない会話を思い返した。そこになにかヒントがあればと。
そしてぐるぐると悩み、ようやく思い当たるものを見つけたが、今度はそれを探すのに一苦労した。珍しいものではないが、特定のものとなるとなかなか見つけるのが困難だ。それでも一時間あちこち探し回って、もう店がほとんど閉まりかけた頃に見つけた。
「って、その前にあいつの居場所を確認しないと」
自分の家の鍵は渡してあるのでいつでも出入りは自由だが、連絡も寄こさない男の家で待っているというのは正直考えにくい。そうなると恋人の家に行けばいいのだろうか。しかし連絡もなしに押しかけると機嫌を損ねそうでもある。
急いでメッセージを送ってみるが、十分待っても、十五分待っても、それは既読にならなかった。
「これは気づいてないのか、無視されてるのか、どっちだ」
このまま恋人の家に行くことも考えたが、もしかしたら出掛けて家にいないかもしれない。彼は大人しい割に社交的だから友達は多いのだ。恋人に放って置かれて寂しがる彼のために、時間を空けてくれる友人はたくさんいるはずだ。
クリスマス当日にプレゼントを渡せないのは申し訳ないが、仕方なしにまっすぐ自宅へと帰ることにした。
「あれ?」
しかし電車に揺られて家に帰り着いてみると、部屋に明かりが灯っている。三階のベランダをじっと目をこらして見れば、人影が見えた。そこにいる人は既に俺に気がついているようで、その姿を認めた俺にひらひらと手を振ってくる。
それを見た瞬間に俺はものすごい勢いでマンションに入り、エレベーターを待ちきれずに階段を駆け上がった。部屋の前に着いた頃には肩がゼイゼイとして酷く苦しかったが、ドアノブをひねって大急ぎで扉を開ける。するとパンと小さな音が響いた。
「メリークリスマス」
開いた先には久しぶりに会う優しい顔立ちをした恋人が、小さなクラッカーを鳴らして立っていた。その出迎えに驚いて目を丸くしていると、彼は小さく笑って目を細める。
「おかえり。帰り道に今日がクリスマスだって思い出して、慌ててプレゼント買いに走って、僕が拗ねて家にいないだろうと思って帰ってきたんでしょ」
「なに、どっかで見てたの?」
「馬鹿だなぁ、何年一緒にいると思ってるの?」
口を開けてぽかんとする俺の手を引いてリビングまで行くと、彼は誇らしげな顔をしてテーブルを指し示した。そこにはクリスマスケーキとチキン。そして俺の好物であるデミグラスソースのオムライスが並んでいる。
立ち尽くす俺の鞄を下ろしスーツの上着を脱がせると、彼はどうぞと椅子を引いた。
「待って、待った! 先にプレゼント!」
このまま椅子に座ったら浮かれて大事なことをまた忘れそうだ。慌てて鞄と一緒に床へ置かれた白い紙袋を彼に差し出す。
それを見て不思議そうに首を傾げたが、そっと取り出した包みを開けて彼は目を輝かせた。両手のひらに収まっているのは銀色の宝石箱みたいなオルゴール。ネジを回せば綺麗な音が鳴り響く。
――好きな人と百年続くように、そう綴る彼が好きな曲だ。
「君と歳を重ねて、しわくちゃになってもずっと一緒にいたい」
「なに、それってプロポーズ?」
大事そうにオルゴールを抱えた彼が瞳を潤ませながら優しく笑う。その顔がたまらなく可愛いと、初めて出会った頃のように胸が高鳴った。