数ミリ先で視線が合って、お互いなぜかふっと息を吐くように笑った。その雰囲気がひどく甘くて、自然と引き寄せられるように口づけをしてしまう。
冷静さなんてもう木っ端微塵だ。この空気に気持ちは逆らえない。唇を食むようにキスをすると、恥じらうように目が伏せられる。
こういう目線や仕草がいちいち可愛いんだよな。いや、どこをどうひっくり返してもイケメンっぷりは健在だから、おそらく盲目フィルターってやつがかかってると思う。
「ここが外じゃなかったらめちゃくちゃ押し倒したい気分」
「やっぱり、飲み過ぎですよ」
「……ちぇっ、酔っ払い扱いかよ」
たしなめるような声に不服を申し立てれば、小さく笑って目を細める。たまにこうやって子供をあやすような眼差しで見られるのは、ちょっと、いやかなり不満だ。しかしそんなささくれる感情はすぐに見透かされてしまう。
隙間を奪うように抱きしめられて、頬をすり寄せられるだけで容易く気分が良くなる。ほんと俺って単純。
「こうやってくっつくと煙草の匂いがする」
「あ、煙草臭いですか?」
「いや、全然。よく吸ってる割には匂わないと思う。んー、いや、匂わないって言うか、冬悟さんの体臭と混ざるといい匂いって感じ。なんか落ち着く」
着ているシャツに鼻を寄せると柔らかい匂いがする。煙くさい匂いじゃなくて、ちょっと甘いような誘われる匂い。
「か、笠原さんっ、嗅ぎすぎです」
「ん? ああ、ごめん。なんかすんごくいい匂いで」
「あまり嗅がれると恥ずかしいです。引っ越し作業で汗も掻いてますし」
「え? ますますそそられるけど」
「や、やめてください」
恥ずかしさが増しすぎたのか、やけに真顔で言うものだから思わず吹き出してしまった。まあ、自分の体臭を嗅がれて喜ぶやつは少ないな。少し身を固くしている冬悟の身体を離してあげるとほっと息をつかれた。
「……あ、あの」
照れて俯く冬悟の顔をニヤニヤと覗いていたら、ふいに小さな声が聞こえてくる。こちらを窺うようなその声に視線を向けると、眉尻を下げて焦った表情を浮かべている小津がいた。
「どうしたの?」
「あの、光喜くんが」
「光喜? ……って、小津さん! 光喜を潰したの? どんだけ飲ませたんだよ!」
オロオロする小津の腕には気持ちよさそうに寝ている光喜がいる。確かに酔っ払ったら寝るタイプではあるが、光喜は滅多に人前で酒に酔い潰れない。飲み会があっても最後まで元気で、かなりアルコールには強いほうだ。
それを潰すってどれだけだよ。状況を把握しようと持ち寄ったビールやチューハイに目を向けて、がっくりと肩が落ちる。
「小津さん、飲ませすぎ」
「ご、ごめん。なんかペースが速いなとは思ってたんだけど。全然変わらないから」
「あー、まあ、それだけ気を許してたって証拠か。小津さんもかなり飲んだ?」
「ああ、うん。光喜くんのペースに乗せられたかも」
赤らんだ小津の顔とほぼ空になっている缶の数を見ながら、急に痛くなってきた頭を抑えた。さて、どうするべきか。
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