後ろめたさはどうしても抜けない。自分が普通じゃないことに戸惑った時期もあった。無理をして女の子と付き合ったこともある。だけどそんなことをしたって本能には逆らえない。心が動かないんだ。視線が追いかけるのも、気持ちが揺れ動くのも同性だけ。
歳を重ねていくたびにその感情は増していった。だから通える範囲にもかかわらず高校を卒業と共に家を出た。親には余計な心配をかけた気はするけれど、ちょっと息苦しかったんだ。
「はあ、でもなんて切り出すかなぁ。冬悟に被害が及ばない展開が望ましい」
しかし悩んだところで結果は変わらない気がするので、まずは自分一人の時に話をしよう。それで冬悟を連れてこいと言われたら相談すればいいか。
母親の反応はなんとなく想像がつくのだけれど、普段あっけらかんとしている父親の反応が想像つかない。
「うわぁ、気が重い」
「笠原さん?」
「……え? なに?」
ふいに聞こえた声に顔を上げる。ぼんやりとしていて自分の居場所を見失っていたが、少しぬるくなった湯船のお湯に時間の経過を感じた。
冬悟と入れ違いに風呂に入った時はまだお湯は熱かったと思う。どのくらい時間が経ったのかわからないが、どうやらずっと悶々と考え込んでいたようだ。磨りガラスの向こうに見える姿に慌てて浴槽から出る。
「ごめん、なに?」
「いえ、ちょっと遅いので寝たりしていないか心配になっただけです」
「ああ、いま上がる」
シャワーで身体を流すと慌ただしく浴室の戸を開く。すぐ傍に立っていた冬悟は驚いたように肩を跳ね上げるが、バスタオルで大雑把に身体を拭いて下着を身につけるとほっとしたように息をつかれた。
「なに顔赤くしてんの? 俺の裸なんて見慣れたでしょ?」
「茶化さないでください」
「可愛い」
「湯冷めしますよ」
「そんな真顔にならない」
照れくささを誤魔化すように顔をしかめる冬悟に思わず声を上げて笑ってしまう。しかしあんまりからかうのは可哀想だから、口先にキスだけで我慢した。
「冬悟さん、髪乾かして」
「髪の毛冷えてますね」
「んー、ちょっとぼんやりし過ぎたかな」
甘えた俺の言葉に冬悟は嫌な顔一つしないでドライヤーを手に取ってくれる。いままでこんなわがままは彼氏に言ったことがない。長い指先が髪の毛を梳いて、熱くならないように風を当ててくれる。
たったそれだけのことがひどく幸せだなぁなんて感じてしまった。
「冬悟さん」
「なんですか?」
「好きだよ」
「……自分も、笠原さんが好きですよ」
「んふふ、両思いだな」
まっすぐな返事でふやけた俺に冬悟もつられるように小さく笑う。いつだってまっすぐに俺のことを想ってくれる冬悟を、俺が感じる以上に幸せにしたいな。こんなに大事にしたいと思える相手は初めてだ。
いま一生分の恋をしている気持ちになった。
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