認めてもらおうなんて思っていなかった。受け入れられないならそれでいい。いきなり息子に実は男が好きなんです、なんて言われて動揺しない親はいないだろう。それでも責められたくないことがある。
「母さん、冬悟さんに非があるわけじゃないよ。俺は昔っから男の人じゃないと駄目なんだ。むしろ、冬悟さんをこっち側に引き寄せてしまったことのほうが気がかりだ。だっていままで普通に女の人と付き合ってて、将来結婚して子供だって作れたかもしれない。俺といたら、当たり前の幸せは」
「マサトシ。あんたは自分のことを普通じゃないって思ってるの?」
「だって俺は」
「誰かを好きになることに、普通も当たり前もないでしょう。そんなこと言ったら鶴橋さんに失礼よ。あんたのことを好きな鶴橋さんのことも普通じゃない、おかしいって言ってるようなものじゃない」
たしなめるような声に思わず喉が熱くなった。そんなこと思っていなかったけれど、自分を否定すれば傍にいる冬悟を否定することなんだって気づかされた。視線を持ち上げれば冬悟がほんの少し眉尻を下げて笑う。
「母さん。俺、冬悟さんがすごい好きなんだ。こんなに必死になるくらい好きになったの初めてなんだ」
「そう」
こらえようとするほどに自分の声が涙声に変わる。そんな俺に母親は小さく相づちを打つ。もう俺の答えなんか初めからわかっていたみたいに静かな優しい声で。
「だからごめん。……母さんをおばあちゃんにしてあげられなくて、ごめん」
「あんた、いまは幸せ?」
「……うん、すごく」
「そう、幸せなのね。……だったらもういいわ。あんたの好きなように生きて行きなさい。お母さんは二人のことはとやかく言わない。でもたまに二人で家に来なさい。お父さんには自分で話す?」
「うん」
「あんたは不器用だからね。鶴橋さんに迷惑かけないように頑張りなさい」
子供の頃から母親は自分が失敗して泣きべそをかくたびに優しく笑って頭を撫でてくれた。いまは電話越しだけれど、それと同じくらいの温かさを感じる。
通話を切って携帯電話を下ろしたら、ぽつぽつとその上に涙がこぼれ落ちた。鼻を啜ってこらえようとするけれど、溢れてくるものが止まらなくて、ゴシゴシと腕で涙を拭う。
「あー、かっこ悪い」
息を大きく吸い込んで上を向く。じっと広い空を見上げて涙が止まるのを待った。そのあいだずっと冬悟はなにも言わずに俺の手を握っていてくれた。
「冬悟さん、家に帰ろうか」
「はい、そうですね」
「あ、どっかで車を拾おう。二人して目ぇ真っ赤にして情けない」
「笠原さん、今度ちゃんとご挨拶に行きましょうか」
「うん、そうしようか」
繋いだ手をそのままにゆっくりと二人で歩き出す。そして隣に立つ冬悟の横顔をじっと見つめれば、初めて一緒に歩いた帰り道を思い出した。あの時も手を繋いでアパートに帰ったよな。
だけどいまはもう、扉の前で「また明日」なんて言わなくてもいい。二人で一緒の部屋に帰って、一緒の時間を過ごして、「いってらっしゃい」と「おかえり」が言える。
「冬悟さん、お腹空いたな」
「ほんとですね」
「帰ったら朝ご飯にしよう」
パンを焼いて、コーヒーを淹れて、テーブルで向かい合ってご飯を食べよう。それから二人でのんびりソファに座ってこれからのことを話すのもいい。
たくさん泣いて笑って、この先にある二人の時間を埋めていこう。いまが一番幸せだって言いたくなるくらい目いっぱい愛してあげるから、これからも俺の手をずっと握っていて。
桜色の恋はじめました/end
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