好きの大きさ
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 どうして僕はこんなところにいるんだろう。晴れ渡る空と休日の賑やかな遊園地。行き交う人たちはみんな笑顔で楽しそうだ。
 隣には最近すっかり見慣れた怜治くん。その前をいちゃいちゃと歩くのは怜治くんの友達の悠太くんと彼女の佐和子ちゃん。どうしてこの組み合わせなのかと言えば。

「いやー、今日はデート日和だね」

 のんきに遊園地を満喫している悠太くんに、ダブルデートをセッティングされてしまったからだ。あれから話はどんどん僕を置いて進んでいき、いつの間にか僕と怜治くんは付き合っていることになってしまった。
 そして付き合っているならばデートだよね、と言う話になっていまに至る。もちろん否定して阻止しようとしたけれど、怜治くんが思いのほか乗り気で断りきれなくなった。

「どうした広志。喉でも渇いたか?」

「う、ううん。そういうわけじゃないよ」

 でも意外だったな。怜治くんは遊園地なんて興味なさそうに思っていたのに、思った以上に楽しんでいる。
 いつもより顔が無表情じゃなくて、振り返る表情は心なしか機嫌がいいように見えた。それに悠太くんと話している姿を見ると、ちゃんと普通の高校生に見える。怖いばっかりじゃないんだな。

「次はスペシャルサンダーマウンテン!」

「いえーい! コースター制覇!」

 朝からずっと悠太くんと佐和子ちゃんは元気だ。二人は美男美女でテンション高いところなんかも息が合っていて、お似合いのカップルだと思う。この遊園地には二人でよく来るらしく、入るなりあちらこちらへと率先して案内してくれた。

 しかしどうやらここはジェットコースターが豊富なようで、着いてからずっとそればかり並んでいる。コースター系は苦手じゃないけれど、さすがに立て続けに乗るとちょっとふわふわしてしまう。次はなにか静かなものに乗りたいなぁ。

「広志はなに乗りたいんだ?」

「え、あー、うん。船に乗って回るやつとか、この体験アトラクションとか観覧車もいいな」

 園内地図を見ていたらふいに隣にいた怜治くんが一緒に覗き込んできた。さらりとこぼれた前髪をかき上げて、目を細める仕草はなんだかすごくかっこいい。
 いつもは前髪を上げてきちりとセットしているのに、今日は自然と下りていて雰囲気が円くなっている。さらさらと風に揺れる金色の髪が綺麗で思わず手を伸ばしてしまった。

「髪、少し伸びたね」

「そうか?」

「うん、初めて会った時より伸びたよ」

 気安く触れてしまったのに、怜治くんは僕の手を嫌がることもなくじっとしている。けれどまっすぐに見つめられると、どうしていいかわからなくなってしまう。気恥ずかしさを隠しながら、指の合間をこぼれる髪をすくい怜治くんの頭を撫でた。

「怜治くんの髪はキラキラして綺麗だね」

「あんたのほうが綺麗だし可愛い」

「え、なに言ってんの! ちょっ、怜治くんっ?」

 急に立ち止まった怜治くんに引き寄せられて、頭に口づけられた。驚いて身体を引いたら、今度は頬に唇が触れて一気に顔が熱くなる。ぎゅって抱きしめられて胸がドキドキする。

 やっぱり僕はあれから少しおかしい。どうしてこんなに胸が忙しなく音を立ててしまうんだろう。前は見つめられると睨まれているみたいで怖かったのに、いまじゃちっとも怖くない。ものを見る時に目を細める癖は、少し目が悪いからだってことに気がついたからだろうか。
 けれどそれだけじゃない。なんだか怜治くんが優しく感じる。

「ほんとに好き、なのかな」

 こんな風にドキドキそわそわするのも、僕の気持ちが変わったせいだからなのか。

「まだ悩んでんのかよ」

「え? あ、だって、僕まだちゃんとわかんない」

 心で思ったことが口に出ていたみたいだ。怜治くんは小さく笑って僕の頭を少し乱雑に撫でた。呆れているのかなと思ったけれど、僕を見下ろす目がすごく穏やかでまた鼓動が少し早くなる。
 くしゃくしゃになった髪を指先で梳いて整えれば、その手に怜治くんの手が重なり飛び上がるほど驚いてしまった。

「頭で考えんな」

「そんなこと言われても」

 まだわからない。だっていままで誰かを好きになったことがないから、これが本当に恋心なのかなんてわからない。
 ドキドキ胸が高鳴るのも、慣れないスキンシップに戸惑っているだけかもしれない。こんな風に怜治くんが近づいて僕に触れたりするから、緊張してしまうんだ。

「怜治くん、近いよ」

「広志は可愛いな」

「いやいや、僕は可愛くなんかないし!」

 髪に指先を差し入れて頭を撫でてくる。身を屈めて覗き込む視線がじっと僕を見ていて、思わず目を伏せてしまった。
 どんどんと近づいてくる気配を感じて目を閉じたら、唇に柔らかなものが触れた気がする。確かめるみたいに目を開ければ、目と鼻の先に怜治くんがいてまた唇に優しく触れる。

「……怜治くん」

 キスされるって頭で気づいていたのに、いま僕はどうして避けなかったの? もっと驚いて飛び退いても良さそうなのに、どうして僕は立ち尽くしているの? なんだかわからない感情ばかり増えていく。

 僕は一体どうしたいんだろう。このまま怜治くんと付き合うみたいなことになっていいんだろうか。流されているような気がするのだけれど。
 僕も怜治くんも男で、付き合うなんてあり得ないはずなのに。僕はどうしちゃったんだろう。

「広志せんぱーい、怜治!」

「あ、悠太くん。えっと、ほら、怜治くん。い、行かなくちゃ」

 先を歩いていた悠太くんが離れた僕たちに気がつき大声で呼んでいる。立ち止まっているあいだに思ったよりも遠く離れてしまっていたようだ。
 反射的に振り返った僕は足を大きく踏み出した。けれど歩きだした足はすぐに後ろから伸びてきた手に引き止められてしまう。

「どうしたの?」

「行かなくていい」

「え?」

 まっすぐにこちらを見つめる視線に首を傾げると、怜治くんはくるりと方向転換して歩きだす。急に僕の手を引き、どんどんと歩いていく背中に戸惑いを隠せない。
 一体どうしたのだろう。人混みをすり抜け歩いていくうちに、悠太くんと佐和子ちゃんは見えなくなってしまった。

「怜治くん、手、離して。見られてる」

 黙々と歩く怜治くんとその後ろを慌ただしく追いかける僕は、通りすぎる人に何度となく振り返られていた。彼は一見すると怖そうに見えるけれど、それを押しのけてあまるほどに整った顔立ちをしている。
 きっとそれに惹かれて人が振り返るのだろう。でも繋いだ手の先にいるのが平凡すぎる男の僕だから、みんな驚いた顔をする。なんだかいたたまれなくて恥ずかしくなってしまう。

「広志」

「え? あ、なに?」

 見られているのが気恥ずかしくて気がつけばずっと下を向いていた。どのくらい歩いたのかわからないけれど、目の前を歩いていた怜治くんにぶつかって僕はようやく顔を上げる。

「……あれ食うか?」

「えっと、うん。食べる」

 僕を覗き込む怜治くんの顔は心配そうだった。勝手に引っ張って連れ回したのは怜治くんなのにって、文句がこぼれそうになる。それでもまっすぐに目を見つめられると、そんな気持ちもどこかに行ってしまう。
 僕の気持ちを知ってか知らずか、機嫌をとるようにクレープ屋さんを指さすから、素直に頷いて見せた。イチゴと生クリームがたくさんのやつと注文すれば、彼は僕の頭を撫でて笑みを浮かべる。

「待ってろ」

「うん」

 クレープ屋さんは少し並んでいるようだったから、近くのベンチに腰かけて待つことにした。遠くから見ても怜治くんの金髪は目につく。それに背中がぴんと伸びていて、立っているだけですらりとしてかっこいい。

 まだ一年生なのに怜治くんは背が高いな。僕なんて中学から身長は伸びていないのに。あ、隣で並んでいる女の子たちが振り返った。でも声をかけるのはためらっているみたいだ。クレープ屋さんに並んでいるくらいだから、彼女がいると思ったのかな。

「怜治くん、なんだかもったいないな。僕なんか好きだなんて」

 同年代の子たちや男子には怖がられているけれど、二年や三年の女の子たちには人気があるのを知っている。物事に動じないところがクールでかっこいいんだって。怜治くんは物事にあまり興味がないだけなのにな。

「って、なんでこんなこと考えちゃうんだろう」

「広志はなに考えてんだ」

「うわ、びっくりした」

 ぼんやりいつの間にか足元を見ていた。気がついたら怜治くんが目の前に立っていて、その気配に大げさなほど肩が跳ね上がってしまった。けれどそんな僕に嫌な顔一つしないで、彼はクレープを差し出してくれる。

「ありがと。あ、ほんとにイチゴとクリームいっぱいだ」

「うまいか」

「うん、おいしい」

 まだ温かなクレープ生地はもちもちとしてほんのり甘い。その中に溢れんばかりのイチゴと生クリームが詰まっていた。かぶり付けばイチゴの甘酸っぱさと生クリームの甘みが口に広がり幸せになれる。隠し味にカスタードも入っていてさらに口の中が至福だ。

「そうか」

 隣に腰かけた怜治くんは至極満足そうに、僕の顔を見て微笑んだ。最近よく笑うようになったな。こんな風に笑うのいつからだったろう。やっぱりあの日からかな。
 僕と怜治くんはあれから付き合っていることになってるんだろうか。でも付き合えばわかるって言われたけれど、付き合おうとは言われていない。好きだって言われたけれど、僕はまだ答えていない。

「怜治くん、僕のこと好き?」

「……好きだ」

「でもやっぱり僕、付き合えないよ」

 僕はひどい人間だな。好きって聞かなきゃいいのに、どうして確かめてからそんなことを言うんだろう。俯けていた顔を上げて怜治くんを見たらまっすぐ前を向いていた。

「ごめん」

「広志、あれ乗るか?」

「……え、あ、乗りたい」

 まっすぐ伸ばされた指の先には大きな観覧車があった。そういえばここはコースター系の乗り物ゾーンから離れたさっき僕が行きたいと言っていた場所だ。
 僕に気を使って来てくれたのかな。あんまりにも優しいから思わず涙ぐんでしまった。頷いた声が震えていたの気づかれたかもしれない。振り返った怜治くんの目はすごく優しかった。

 観覧車は二十分くらいで乗ることができた。コースターやほかのアトラクションのほうが人気があるからだろうか。でも夕方近くなったらもっと混むのかもしれない。
 きっとここから見る夕陽や夜景はとても綺麗だろう。遠くまで遮るものがなく開けている。カップルには持って来いなロケーションだ。

「……今日は晴れて良かったね。僕、実はちょっと乗り気じゃなかったんだけど。来て良かったよ」

 朝起きた時は正直面倒くさいなって思っていた。せっかくの休日だしのんびりしていたいなとか考えていた。けれど今日は怜治くんがいつもと違って優しく笑うから、少し楽しいって思える。現金だな。いつも怜治くんをイライラさせて怒らせるのは自分なのに。

「広志、楽しいか?」

「うん、楽しいよ。怜治くんは?」

 僕があんなこと言ったからつまらなくなっていない? 僕のこと嫌なやつだって思っていないかな。

「あんたが笑ってるのを見るのが楽しい。なのに広志、なんで泣いてんだよ」

「だって怜治くんが優しすぎる」

 その気がないくせに甘えるずるいやつだって言われても仕方がないのに、どうしてそんな風に僕に優しくするの。怜治くんが優しすぎると調子が狂っちゃうよ。嫌だって言えないし、突き放せないじゃないか。

「言っただろ、あんたは俺を好きになるって。いまはわからなくてもあんたは俺が好きだ」

 ゴンドラがぐらりと揺れて、目の前に立った怜治くんが僕を抱きしめる。胸が詰まってしまいそうなほど強く抱きしめられて、涙がますます止まらなくなった。
 どこから来るのその自信。僕がいつか頷くのは当たり前だって言ってるみたい。自意識過剰だよって言ってやりたいのに、情けない嗚咽しか出てこない。

「早く気づけよ」

「やだ、怖い」

「嫌いじゃないくせに」

 だから困るんだ。嫌いじゃないから好きになってしまいそうで怖い。初めて付き合うなら優しくて可愛くてふわふわした女の子がいいって思っていたのに、男同士は普通じゃないって思っていたのに、世界が変わってしまいそうな気がした。
 好きになんかなったら後戻りできなくなりそうで、それがたまらなく怖いよ。

「往生際が悪いな。可愛いやつ」

 いつものようににやりと笑った怜治くんは涙でぐちゃぐちゃの僕にキスをした。唇に触れたぬくもりに僕の心臓は大きく飛び跳ねてしまう。これ以上優しくしないで、僕を見つめないで、なにかが壊れてしまいそうだから。

[好きの大きさ/end]

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