はじまりの恋

波紋06

 小さなメモにさして長くはない言葉が並ぶ。それを僕は鼻をすすりながら何度も何度も読み返した。連絡が取れない理由も言い訳もそこには書いていない。 だだ、信じて待っていて欲しい――という想いだけ。けれど綺麗な文字で綴られたその想いや言葉で、膨れ…

波紋05

 講堂に整列する真っ白な制服の群れ。壇上では校長がいささか長い話をしている。生徒たちは少し退屈そうに椅子に腰かけ、欠伸を噛みしめている者もいた。そしてそんな様子を僕は、講堂の二階にある機材室から眺めていた。「あーもう、なんでお前はそうゆうこ…

波紋04

 もし俺が本気になったらどうする? あの日そう言った峰岸にならないだろうと――俺は返した。けれどそれは間違った答えだった。あの時、峰岸が本当に求めていたのは俺のはっきりとした否定だった。 もちろん俺が抱いた確信の通り、峰岸は本気であの人を俺…

波紋03

 ふらつく身体を抱きしめられて、再び奪われた唇は優しく啄まれる。しかしギシリとフェンスが軋み、それはまた深くなっていく。いまはもう峰岸の制服を掴み、もたれたフェンスに身体を預けて立っているのが精一杯な状態だ。 それでも藤堂とは違う性急なその…

波紋02

 なにかが起きそうなのではなくて、もしかしたらすでに起きているのかもしれない。そう思ってしまうのはやはり藤堂の急な音信不通と、最近の峰岸の行動。様子のおかしかったあの日から、やけに僕へ絡んでくる。いつもの悪ふざけかとも思ったけれど、なんとな…

波紋01

 いつも当たり前にあることがないと、途端に不安になる。そしてそれがいつまでも気になってしまい、落ち着かない自分にまた嫌悪してしまう。 初めて電話をしたあの晩。また連絡しますと言った藤堂から連絡はなかった。もしかしたらなにか急用の電話だったの…

予感11

 この先、あの人と俺のあいだに起きること? それは考えるほどに色々あり過ぎて、どれが問題なのか、なにが起きるのか、それさえもよくわからない。今朝だって泣きそうな顔をして自分を見ていた。なにがあったのかは聞けなかったけれど、多分きっと彼を不安…

予感10

 いつもと変わらぬ帰り道、珍しい人物が道沿いのガードレールに腰かけてぼんやりと暗い空を、月を眺めていた。 その様子は初めてあの人にメールをもらった時のことを思い出すけれど、もちろんそこにいる人はその時とは違う。「おいコラ、藤堂シカトしてんじ…

予感09

 本当に峰岸と藤堂はよく似ている。だからこそお互いの距離を保てたのだろうなと、やっとわかったような気がした。性格はまったくの真逆だけれど、心の性質はひどく似通っている。 以前の二人は背中合わせにぴったりと寄り添い立っていたのだろう。きっとそ…

予感08

 峰岸が藤堂を好きなんだということは、諦めたと言われたいまでもわかる。以前より確かに僕と藤堂から一歩引く感じはあるけれど、一緒にいる時はなんとなく嬉しそうだ。 正直に言うならその様子は複雑で、あんまりいい気分ではない。でもなぜこう僕に対して…

予感07

 室内に珈琲の香りが広がる。備え付けのコーヒーメーカーは備品の安物だけれど、手挽きのミルで豆を挽くので香りも味もいい。中でも鳥羽が淹れる珈琲が一番美味しいのだ。「ねぇ、ちょっとゆかりんっ、これ激アツなんだけど」「あら? ナナちゃん熱いの好き…

予感06

 書類の上に転がった小さな紙くずと、目を細めてこちらを見ている峰岸とを見比べれば、大きく肩を落としてため息をつかれた。 そのため息の意味がよくわからず首を傾げたら、今度は指先で招き寄せられる。「なんだ?」 招かれるまま峰岸の机へ近づいてみれ…