はじまりの恋

予感05

 人は他人に触れないままでいると、どんどんと触れられるものも見えるものも減っていく。そしていつしか自分の世界が狭く小さくなって、身動きが取れなくなった自分に気づいた時にはもう自身の力ではどうにもならない。 それはまるで砂地獄みたいにすべてを…

予感04

 生徒たちから逃れ廊下へ出ると、階段の傍で背後から声をかけられた。聞き覚えのあるその声に振り返れば、三年の学年主任である新崎先生がにこにこと笑みを浮かべ立っていた。「西岡先生お疲れ様」「お疲れ様です」 自然と横に並んだ新崎先生に僕が会釈を返…

予感03

 ずっと傍にいるからとそう優しく囁かれるたびに、嬉しくて幸せで胸がいっぱいになる。そして彼の緩やかな鼓動と温もりを感じるたびに安堵する。 でもそうしているうちにどんどんと自分の弱さが露見して、このままでは本当に藤堂がいなければ生きていけない…

予感02

 まだひと気も少ない早朝。準備室へ続く渡り廊下の手前で二つの手が振られ、俺は軽く片手を上げてそれらに返事する。「じゃあね」「優哉、また教室でね」「ああ」 これは最近のよくある場面。いままでは時間がギリギリでそんな余裕などなかったが、近頃は早…

予感01

 まだ夢うつつな意識の片隅で微かに感じる遠くの気配。そして眠りから揺り起こすかのように漂うバターの甘い香りと珈琲の芳ばしい香り。 奥底にしまい込んだ記憶がまた浮上しかけた。 ――おはよう、佐樹くん 重たい瞼の裏側に、懐かしい姿が浮かんだ。声…

邂逅20

 楽しげに笑う藤堂から逃れてキッチンに入った僕は、準備していた食事をカウンターテーブルに並べる。「あれ? 佐樹さん、朝ご飯を作ったんですか」「もう朝昼兼用だ」 欠伸を噛み締め、のんびりとした足取りでカウンターまでやってきた藤堂は、目を丸くし…

邂逅19

 初めて二人きりで過ごした夜はとても静かで、安らぎを感じた。以前のような不安はなくて、いつの間にか眠りに落ちていた。そして目覚めた時に隣で眠る藤堂の寝顔を見て、自然と笑みがこぼれてしまった。いつもより少しだけ幼いあの顔がまた見られて、すごく…

邂逅18

 ふいに意識の片隅で、小さな音が響いた。「……ん?」 その音でぼんやりとした頭が徐々に冴え始めた。身じろぎして重たい瞼を持ち上げれば、使い慣れた枕に顔を埋めている自分に気づく。「あ、れ? いつ寝たっけ」 しっかりと肩までかけられた布団から腕…

邂逅17

 二人で買い物袋を携えて帰宅すると、藤堂は少し遠慮がちに部屋へと上がり、一瞬リビングの中に視線を走らせた。そんな様子に僕は首を傾げながらも、彼を促しキッチンへと足を向ける。「とりあえず弁当以外は冷蔵庫に入れていいか」「そうですね」 晩飯はす…

邂逅16

 藤堂に手を引かれ歩く道は確かに人通りが少なく、すれ違うこともほとんどなかった。しかし時折通り過ぎる人に、慌てて手を離しそうになり、そのたびに藤堂の手でそれを握りしめられ阻まれる。 手を引かれ駅前の表通りを歩いていたことを考えれば今更なのだ…

邂逅15

 驚きの表情を浮かべたまま、目を丸くして固まった藤堂の背を、僕は広げた両腕で強く抱きしめる。耳元で聞こえる早い心音は、いまはどちらのものかわからない。「これもやっぱり傲慢、かな」 ぎゅっと強く背を握ると、小さな笑い声と共に身体を抱き寄せられ…

邂逅14

 藤堂に触れると無条件に安心してしまう。そのたび、本当に自分は彼でなければ駄目なのだと思い知る。こうして藤堂と一緒にいるようになるまで、出会いがなかったわけじゃない。 でも藤堂に初めて会った時のような、一緒にいたいという気持ちにはならなかっ…