はじまりの恋

別離32

 離れることは辛いけれど、きっとこの距離は藤堂を変えてくれるはずだ。そう信じているからこそ、僕はその背中を押してあげられる。ゆっくりと身体を離して、まっすぐに藤堂の瞳を見つめた。 涙で潤んだその目は薄明るい中でもキラキラして見えて、それに誘…

別離31

 藤堂から発信された「助けて」の言葉は――初めてこぼれた彼の本心だ。もう限界だったのかもしれない。いまにも壊れてしまいそうな繊細な心が、ひび割れ軋みを上げていたのだろう。きっと砕け散る寸前だったに違いない。 僕を抱きしめて何度も「離れたくな…

別離30

 いまだ眉間にしわを寄せている藤堂の髪を指先で梳いて、手のひらで目元を優しく撫でる。何度も何度も撫でていると、次第に藤堂の表情が和らいできた。「佐樹さん」 小さな声が僕の名を呼ぶ。まだ閉じられたまぶたは開かないけれど、僕の気配を感じているの…

別離29

 ようやく藤堂に会えるのだと、そう思うと心がやたらとはやる気がした。藤堂の身の回り一切の管理をしているという荻野さんに案内され、向かう先はホテルのスイートルーム。 そこは狭い部屋に藤堂を閉じ込めておきたくないと、時雨さんが用意した部屋のよう…

別離28

 これはただの偶然にしては出来過ぎている。符合する二人。それを考えてふと時雨さんから聞いた話を思い出す。時雨さんの大事な子――それが藤堂であるならば、時雨さんの語っていた話となんとなく繋がる気がした。「入院している甥っ子って、もしかして藤堂…

別離27

 ホテルのエントランスを抜けエレベーターホールへと向かう。開かれたエレベーターの向こうは夜の闇に光が点り綺麗なものだったが、緊張がピークに達し始めた僕の目にはほとんど映らない。 ぐんぐんと上昇していくエレベーターと共に緊張までもが高まってい…

別離26

 先ほどまでどこか突き放すような雰囲気を醸し出していたのに、急に荻野さんの距離が近くなったようなそんな気がした。しかし今回の会食は僕という人間の品定めだったのだろうと思えば、いまの態度の変化も頷ける。僕への警戒を解いてくれたと言うことなのだ…

別離25

 部屋の中がしんと静まり返ってどのくらいの時間が過ぎただろう。足にしびれが来るくらいだから、もう十分以上は過ぎたかもしれない。けれど僕も荻野さんも衣擦れの音一つさせることなく、この静かな空間で口を閉ざしている。 けれどずっと視線は感じていた…

別離24

 目の前でやんわりとした笑みを浮かべている彼は、年下だろうと思うのだが落ち着き構える姿は自分より下とは思えない。僕が年相応の落ち着きを持っていないことが一番の要因かもしれないが、それにしても堂々たる佇まいだ。「遅くなってしまい申し訳ありませ…

別離23

 藤堂からの連絡を待っているあいだにまた数日が過ぎて、約束の二週間後がやってきた。 普段は滅多に着ないよそ行きのジャケットを着て、時間と場所を確認したら準備はほぼできたも同然だ。あの日以来、藤堂からの連絡は来ていないから、今日なにか収穫があ…

別離22

 僕の答えに口元を緩めた野崎さんは、それを誤魔化すように湯呑みを持ち上げる。そして静かにお茶を飲みながら、またふっと息をついた。それに僕が小さく首を傾げると、視線を持ち上げてまっすぐに僕を見る。野崎さんはいつもまっすぐに人を見据える人だ。 …

別離21

 藤堂がいなくなってから、時間はあっという間に流れた。そしてなにも進展がないまま一週間が過ぎてしまった。僕は相変わらず学校を休んでいる。 校長宛てに送られてきたメールの件が片付いていないためか、自宅待機という名の自宅謹慎になっていた。いつ学…