はじまりの恋

夏日41

 藤堂に意図して触れられるのは普段触れられるのよりも何倍も緊張するし、心臓の鼓動が馬鹿みたいに早くなってくる。声を押し殺していなければいけない状況も、その気持ちを煽るばかりだった。 昨夜は散々焦らされ追い詰められ、最後のほうはもう気持ちが高…

夏日40

 あまり重たく話をするのはよくないだろうと、アイスの袋を裂きながら僕はのんびりソファに腰かけ、その隣を何度か叩いて藤堂に目配せする。アイスをくわえながら見上げる僕の視線に少し戸惑った様子を見せながらも、藤堂は促す僕の隣に腰かけた。「さっちゃ…

夏日39

 花火が夜空を彩る中、二人でずっと手を繋ぎながら空を見上げていた。特になにを話すでもなく、ただ寄り添っていた。空に次々と現れる大輪の花は様々に色や形を変えて打ち上がる。 大掛かりで派手な花火はそれほど上がらないけれど、それでも花火の光を見て…

夏日38

 扉の前でしばらくどうしたものかと考えあぐねていると、先ほどまで聞こえていた声が聞こえなくなっていることに気がついた。電話は済んだのだろうかと少し耳を澄ましてみたが、やはり声は聞こえなかった。「いつまでもこうしていられないよな」 ずっとこう…

夏日37

 のんびりと和やかに食事を終えたあと、居間のソファで自然といつものようにくつろぎモードになった僕と佳奈姉をよそに、藤堂はなんの躊躇いもなくキッチンに立つ母の横で後片付けをし始める。 そんな藤堂に母は嬉しそうに目を細めて笑っていた。そして僕は…

夏日36

 優しいぬくもりにこらえていたものが溢れ出した。姉の前で泣くのは卑怯だと思ってずっと我慢して、痛んでヒリヒリとしていた喉から嗚咽が漏れる。いつの間にかしゃくり上げるように泣き出した僕を、藤堂はただ黙って抱きしめてくれた。 家族を傷つけたくな…

夏日35

 僕はいつだって浅はかで、後手に回るばかりだ。臆病で恐れるものに蓋をしてしまうような卑怯者だ。 何度も同じことを繰り返しているのに学習しなくて、いつだって周りに救われてようやく気づく。どうしていまこの場所で、藤堂のことを隠してしまおうと考え…

夏日34

 ため息交じりに肩を落とすと、佳奈姉は笑いを噛みしめながら喉を鳴らした。そして行きのバスでは十五分ほどかかる道のりだが、停留所に留まるわけでもなくのんびりした速度でもない車は駅から十分足らずで実家へとたどり着いた。 家の前の広いスペースには…

夏日33

 寂しげな笑顔を見送った晩、電話越しに聞こえた第一声はどこか縋りつきそうなほどに弱々しさを感じた。すぐにいつもの声音に戻ったけれど、「帰りたくない」と呟いた泣きそうで不安そうな顔を思い出した。そんな時は離れた空間に胸が苦しくなる。 傍に行っ…

夏日32

 顔を隠すことで精一杯になっているのか、抱き寄せても然して抵抗されることなく、佐樹さんは腕の中に収まった。そして抱き起こしたことでタオルケットが肌から滑り落ち、微かに赤く染まる白い背中があらわになった。「帰りたくないな」 あらわになった背中…

夏日31

 薄らとした湯気が覆う中に何度も甘やかな声が響いた。寝室とは違い、明る過ぎてすべてが見え過ぎるこの場所が羞恥を煽って仕方がなかったのだろう。繰り返し「恥ずかしい」と顔をそらし泣き喘ぐ声が可愛らしくて、そのたびに追い詰めて甘い声を堪能した。 …

夏日30

 予想外のことに目を丸くしている俺をよそに、脱衣所の扉は容赦なく閉められる。しかし鍵がついているわけでもないので、俺は「お邪魔します」と小さく呟き部屋に上がると脱衣所のドアノブに手をかけた。だがここでも思わぬことが起きる。中で思いきりドアノ…