長編

66.思いがけない本音

 心はまだ残っている、未練はまだ残っているように見えた。けれど消極的な態度を見せられるとひどく不安を覚える。このまま彼を追いかけていていいのだろうかと、必死で盛り立てた気持ちが萎れそうになった。けれど口を引き結び、光喜が顔を上げたところで戸…

65.目に見えない一線

 話をしているとまっすぐな視線を感じる。けれどそれに振り向くとすぐにその眼差しは離れていく。何度も何度も同じことを繰り返されて、胸がどんどんと切なくなっていった。想いが募って何度も言葉にしようとしたけれど、そのたびに曖昧に微笑まれて声に出せ…

64.もう少し近くに

 一人で黙々と弁当を食べる光喜に勝利からの非難はごうごうだったが、元は自分が悪いことを自覚しているのか最後はブツブツとした文句に変わった。そして時折ちらちらと目線を上げながら目の前の人の機嫌を窺う。二人で視線を合わせながら無言の会話をする、…

63.小さなヤキモチ

 ケトルポットがカチッと音を立てると鶴橋が四つのマグカップに湯を注いでいく。粉末のお茶をスプーンでかき混ぜて、カップがそれぞれの前に置かれる。オレンジは勝利、青は鶴橋、グリーンは小津、黄色は光喜。引っ越しをして、いままで以上に集まる機会があ…

62.その視線の意味は

 しばらく桜を眺めてぼんやりしてしまったが、我に返って光喜は立ち上がった。時間を確認するとマンションを出て四十分近く経っている。慌てて弁当の袋を掴もうとしたら、光喜より先に伸びてきた手がそれを掴んだ。驚いて顔を上げるとやんわり微笑まれる。「…

61.桜色の景色

 やはり小津の隣はほんわりとした温かさがあって居心地がいい。気づくと近づき過ぎて何度も肩がぶつかる。それに最初は驚いた顔を見せていた小津だが、光喜が照れたように笑うのを見てひどく穏やかな眼差しをするようになった。「ビールどのくらい買っていっ…

60.それはどっちが本物?

 こうして小津の隣を歩くのは久しぶりだ。アクアリウムに行った時以来だろうか。けれどあの時も少し斜め後ろでこそこそと小津の横顔を眺めていたので、そう考えるともっと前かもしれない。少し視線を持ち上げて見つめると、それに気がついたのか戸惑うような…

59.思いがけない二人きり

 気を落ち着けるように長い息を吐き出して数分経った頃に、玄関のほうから聞き馴染みのある声が聞こえてくる。その声に正直なところ光喜は少し飛び上がってしまった。どんな顔をされるのだろうと思ったが、あの人に気まずい思いはさせたくない。「あ、みんな…

58.やって来た引っ越しの当日

 いくら悩んでいても時間は過ぎていくもので、うだうだと小津のことを考えているうちに勝利たちの引っ越し当日になった。朝から天気が良く、春の陽気はかなり暖かい。引っ越しは早い時間から始まるので、午前中には新居に荷物が届くと言っていた。 勝利のア…

57.この恋を終わらせたくない

 小津の姿が見えなくなると、涙腺が壊れたのかと思うくらい涙が溢れ出した。叫び出したい気持ちをこらえて階段を駆け上がって扉の向こうに飛び込む。しんと静まり返った暗い空間にひどく切なさが増して、そこにしゃがみ込むと光喜は大声を上げて泣いた。 ど…

56.離れていくその背中

 熱は翌日になっても下がらなく、心配をした勝利と鶴橋に病院へ連れて行かれた。そのあと薬を飲んでいくらか下がったけれど、少し高めの熱が続いて安静にしていろとその週は週末までベッドの上で過ごす羽目になった。バイトの前に勝利がなにかと世話をしてく…

55.心に残る後悔

 目が覚めた時、見えたのは廊下の木目ではなかった。目の前にあるのは見覚えのある天井、光喜はいつも自分が眠っているベッドの上にいた。けれどいくら考えても自分でここにたどり着いたとは思えない。 布団の中を覗くと、ずぶ濡れだった服ではなくTシャツ…