中編

こういう展開ってお約束なの?

 昔からそうだ、光喜(みつき)は突拍子もなくていい加減で、俺を振り回すのが得意。今回もそんなことだろうと思ったのに、なぜだか久しぶりに顔を合わせる羽目になった。「勝利(しょうり)、来ちゃった」「あぁん? なにが来ちゃっただ、この野郎」 店が…

相談する相手を間違えたかもしれない

一晩かけて断る理由を考えてしまった。そもそもあっちはどうしたいって思っているんだろう。俺を抱く気でいるのか、それとも抱かれてもいいとか? え、それを言われたら逃げ場なくない? 駄目だ、他の理由を考えないと。もっと効果的な振り方を。 しかしそ…

ねぇ、どれだけ執着してんの?ストーカー?

 どういう聴力を持っていたら、他人の足音を聞き分けられるんだ? それともなにか、俺の歩き方はそんなに特徴的なのか? なんでもない顔をして笑っていたあの男が――。「怖い、超こえぇよ!」 どうしていままで気づかなかったのだろう。あの様子ではずっ…

どうしても会いたくないって思うのは当然だ!

 生きていると予想外の出来事に出くわすことは多々あるものだ。しかしこう斜め上から鋭角に攻められると、途端に逃げ場を失うので本当にやめていただきたいと思う。 大仰なため息が出るバイト帰り、アパートへの道のりをとぼとぼと歩く。気持ちも足取りも重…

俺はそんな出会いは求めていない!

 この世の中には、ルーチンで生きているやつが意外と多くいる。毎日同じ道を通り、同じ店で同じものを買い、そしていつもと変わらぬ時間に家路につく。 それが身に染みついて、繰り返しの日々に気づいていない人も、いるのではないかと思う。例えばいま目の…

これからもずっと

 人の心を惹きつけて止まない音色。宏武のピアノのあとに弾くのは、なかなかのプレッシャーだった。しかし演奏会はその余韻もあって、かなり大盛況で幕を下ろした。 終わったあとは、昔からのファンだと言う人たちに囲まれる宏武を救い出して、上手く邸宅を…

未来を照らすもの

 あなたはいつか壁にぶつかる。 それいつの言葉だっただろう。俺は幼い頃からいつも焦りを抱えていた。 いまでこそ新星だ、新進気鋭のピアニストだと騒がれているが、名前が売れ始めたのは二十歳を過ぎてからだ。 それまでは鳴かず飛ばず。いつも人よりな…

その行く先

 これから先、宏武にどれだけのものを与えたら、彼の想いに報いることができるだろう。 いつだってまっすぐに、俺のことを愛してくれる。俺のためにすべてをさらけ出そうとしてくれる。 俺の心に、たくさんの愛情を注いでくれたから、心にあるそれは伸びや…

溢れるほどの愛おしさ

 首に回された宏武の腕に、きつく抱き寄せられる。それと共に繋がりも深くなり、甘く上擦った声が耳に響いた。 その声に誘われるままに腰を動かせば、そこは少しきついくらいに俺のものを締めつけてくる。 それだけで吐き出してしまいそうになるけれど、ま…

初めての夜

 ホテルに帰り着くと、部屋に入るなり宏武を捕まえて、貪るような口づけをした。 息をつく間も与えないくらい、声を飲み込んで、何度も何度も深く唇を合わせる。 そして両手で頬を撫で、結ばれた宏武の髪を解いて掬う。さらさらとこぼれる漆黒の髪は、ほの…

記憶の破片

 テーラーの工房は、自宅も兼ねているらしく、田舎町に少し不釣り合いなこじゃれた印象があった。家族は全員職人のようで、ここに来たら、天辺からつま先まで一式が揃うとのことだ。 その腕はもちろん一流で、遠くから人が集まってくるのも頷ける。 フラン…

穏やかな時間

 その日はいつもより、すっきりと目が覚めた。少しばかり気持ちが先走るような、そんな感覚があったけれど、気分はよかった。 寝起きで動きの鈍いまぶたを瞬かせて、目の前を見れば白いうなじが見える。 いつもなら赤い跡が散っているが、いまは真っ白なま…