中編

甘恋-Amakoi-/07

 夜は一段と冷え込んで、吐き出す息が白くなる。高台への道はシーズン中はイルミネーションなどで彩られるらしいが、いまはオフシーズンなので足元を照らす外灯の明かりのみだ。 懐中電灯を手にした昭矢が前を歩き、その後ろを蒼二がついていて歩く。出る時…

甘恋-Amakoi-/06

 夜の闇に浮かぶ月は冴え冴えとして美しい。熱い湯に浸かりながら天井を見上げれば、こぼれ落ちそうなほどの星が見える。それは澄み切った空で眩しいほど白い光を放っていた。 そんな幻想的な景色に酔いしれながら、蒼二はほうと息をつく。そして大きな湯船…

甘恋-Amakoi-/05

 旅館で働いている幹斗は至極真面目ではあった。愛想もよくお客からの反応も上々で、一緒に働いている仲居たちからの評判もいい。このままここに就職してくれたらいいのに、なんて話している者もいた。 けれどどんなに彼が他人に好印象を与えていたとしても…

甘恋-Amakoi-/04

 まっすぐと直進してくる男に蒼二は驚いて肩を跳ね上げる。とっさに紘希を振り返るが、仕事のやり取りをしているのか携帯電話を見ていてこの状況に気づいていない。そうこうしているうちに男は二人の席までやってくる。 間近にして一番気になるのは高い上背…

甘恋-Amakoi-/03

 至極嬉しそうに笑っている見知らぬ男の子と、彼の口から飛び出した予想もしない言葉に蒼二は身動きができなかった。 一体なにを言っているんだと疑問が浮かんでくるが、名前を呼んで親しげに話しかけているのを見れば一目瞭然。彼は紘希の知り合いだ。声を…

甘恋-Amakoi-/02

 約束を取り付けて二日後、旅行の当日は朝から天気がよくまさしく秋晴れだった。翌日の天気も崩れることはないとお天気キャスターが満面の笑みで告げていたので、絶好の旅行日和だ。 昼前に着く新幹線を取ることができ、ゆっくりと温泉地の観光をする余裕も…

甘恋-Amakoi-/01

 暦は十一月――今月は祝日が月初めと月の後半、二回あった。どちらも行楽日和だとニュースが報じていたが、そのどちらも特に予定を入れることもなく過ごした男がいる。いや、過ごしたというよりも、そうするしかなかったとも言える。 仕事が休みなのだから…

甘色-Amairo-/03

 道を進むたびに胸の音が響いていた。初めてのことでもないのに蒼二の心臓はいまにもはち切れそうなほど鼓動を速めている。 自分から言い出したことなのに、躊躇いさえも感じていた。けれど握りしめる紘希の手が、強く蒼二の手を掴んで離さない。その手を振…

甘色-Amairo-/02

 長くこの店に出入りはしているが、こういった甘い駆け引きに蒼二は正直弱かった。いつもなら照れくささとむず痒さですぐに誤魔化してしまうところだが、明良の視線はそれを許してくれない。これが経験値の違いなんだなと蒼二は小さく息をついた。「あー、え…

甘色-Amairo-/01

 夏が過ぎて少しずつ空気が変わり始めた頃。長く続いた残暑もようやく終わり、夜は随分と涼しい風が吹くようになった。道行く人の装いもいまは随分と秋めいている。 過ごしやすい日が続くと人は活発になるものなのか。街に夜が訪れれば、人がそこかしこの店…

胸に咲いた花を枯らさないために

 ずっと一緒にいるためにできることはなんだろう。ただ好きだ好きだと言っていても、ちっとも現実的じゃない。想い合うことはなによりも一番だけれど、もっと先を見据えて考えるべきだ。「冬悟さん、俺さ。親に自分のことをちゃんと話しておこうと思うんだ」…