彼の腕の中は心地がよかった。すべてを忘れさせてくれるような、甘やかな夢の中にいるようだ。
彼の手は優しく、時として激しく、心も身体もとろかしていく。それがまた堪らないほどの快楽を呼んで、頭が惚けてしまいそうになる。
繋がった部分は熱くて、リュウの硬く張り詰めたものを抜き挿しされるたびに、入り口はじりじりとした熱をさらに高めていく。
押し広げられ、奥へと突き上げられる感覚が身体を震わせる。
「はぁっ、あ、ぅんっ」
あられもなく開いた足は、誘い込むようにリュウの腰を絡め取る。引き寄せるように力を込めれば、彼は腰を動かし小さな孔を蹂躙するかのように、激しく挿入を繰り返す。
跳ね上がる身体は、大きな両手に腰を鷲掴みされ、少しでも離れることは許さないと、言われているかのようだ。
自分を見下ろす茶水晶の瞳は、いつも見せる無垢なものではなく。熱を孕み、獲物を捕食する雄の目をしている。
その目をまっすぐに見つめると、身体がぶるりと震えた。
「ん、ぁっあっ、いい、リュウ」
身体を繋げてすぐに気がついた。彼は男を抱くのは初めてじゃない。的確に弱い部分を攻め立て、どうすれば男の身体が悦ぶのかを知っている。
けれどいまは、そんなことはどうでもよかった。
すべてを忘れさせてくれるのなら、いまは彼がなんであろうと構わないのだ。
「宏武、可愛い」
「リュウ、ぁっ、もっと」
貪るように抱かれる。尻穴で泡立つ、ローションがぐちゃぐちゃと音を立てるのも、肌と肌がぶつかり合う乾いた音がするのも、いまは興奮を煽るものにしかならない。
まるでお互い獣のようだと思った。快楽にだけ従順でその虜になっている。
ベッドに沈んだ身体を持ち上げられ、膝の上に載せられた。身体の重心が下がり、繋がりがいっそう深くなった。
下から何度も突き上げられる感覚に、打ち上げられた魚のように、身体をびくびくとさせる。
気持ちがよくて、頭の中はもう飽和状態だ。それでも胸でとがる、小さな粒にかじり付かれると、快感が押し寄せて目の前にある頭にしがみついてしまう。
少し痛いくらいに歯を立て、乳首を引っ張られた。
もう片方を指先できつくこね回されれば、込み上がる気持ちよさと共に、何度目かわからない吐精をする。
けれどひくつかせる身体などお構いなしに、下からの律動は絶えず、口からは熱い吐息と喘ぎがひっきりなしに漏れた。
「やっ、あぁっ」
体勢を変えると、また激しく身体を追い詰められる。上半身をベッドに沈み込ませ、腰だけ高く上げた格好で彼に広がった孔を向ける。
もう何度も身体の中に吐き出したのに、リュウのそれは萎えることがない。
舌なめずりをして、目をらんらんと輝かせる表情にぞくりとした。彼は後ろから覆い被さり、うなじをきつく噛んでくる。
その痛みが麻痺して、快楽に変わっていった。
「あっ、リュウ、や、もう壊れ、る。頭、おかしくなるっ。んっ、ぁっ」
もう出すものも残っていないくらい、吐き出した。それでもなお彼は自分を求めてくる。最後は何度も空イキをさせられ、自分の身体が女にでもなったかのような気分だった。
彼の熱だけでイクのは気持ちがいいが、なんだか心許ない気持ちになる。
「
「……なに?」
ふと気がついたら意識が飛んでいたのか、リュウの小さなささやきで目が覚めた。
なにを言っていたのかは聞き取れなかったが、さんざん暴れた野獣は、どうやら健気な忠犬に戻ったようだ。
身体は重くてだるいけれど、タオルで汗や汚れを拭いてくれたのか、すっきりとしている。心配そうにのぞき込んでくる顔を、片手で撫でてやると、その手の上にリュウの手が重なった。
澄んだ茶水晶の瞳に、欲とは違う熱が孕んでいるのに気がついたが、それを自分は気づかなかったことにした。
彼とは上辺だけの関係が望ましいのだ。心は繋がっていないほうが、この先を考えればいいだろう。
それから毎晩のように、彼とは身体を繋げるようになった。リュウがねだるように求めてくるのだ。
あまり何度も肌を重ねるのはよくない、とわかっていても、甘え縋られるのを拒むことができなかった。
抱かれているあいだは、なにも考えなくていい。そのおかげで雨音に悩まされることも、悪夢にうなされることもない。
だからこのまま憂鬱な雨の日が、過ぎ去ってくれればいいとそう思っていた。
「桂木さん、今年はなんだか顔色もいいし、元気そうですね」
「え?」
手元の紙面に視線を落としていたら、ソファに腰かけていた客人がなんだか興味深げな顔をして、こちらを見ていた。
彼は出版社の編集者で、いつも自分に仕事を依頼してくれる三原と言う男だ。もう随分と長い付き合いだったと思う。
月に一度は手土産を持って、ここへやってくる。
メールでも郵送でも原稿は送ることができるので、わざわざ訊ねてくる必要はないのだが。どうやらそれは自分の生存確認だったようだ。
「毎年この時期になると、真っ青な顔して死にそうだったのに、なにかあったんですか?」
「ああ、ちょっと気が紛れることがあって」
「そうですか、それはよかった。じゃあ、安心して仕事をばんばん頼めますね」
曖昧に笑った自分に、三原は特に気にするそぶりも見せずに肩を揺らした。
いつも雨の時期は格段に仕事が遅くなる。最初の頃は締め切りが重なったり、スケジュールが押しまくったりで、大層迷惑をかけた。
いまでは彼のほうで、うまく調整してくれるようになった。
こうして食いっぱぐれることなく、仕事ができてるのは、彼のおかげなのだろう。
「うん、原稿はこれでオッケーです。また来週になったら連絡を入れますね」
手渡した原稿を確認すると、三原は大きく頷きゆっくりと立ち上がった。毎月決まってやっては来るが、いつも無駄な長居はしない。
今日も滞在時間は三十分ほどだろうか。だが困ることは一つもない。
用件を早々に済ませてくれるので、こちらも気が楽で助かる。彼を見送ろうと自分も立ち上がったら、ふいに寝室の戸が開いた。
そしてやけにのんびりとした声が響く。
「ひろむー、お腹減った」
眠たげな目をこすり、小さなあくびを噛みしめたリュウを、三原が目を丸くして振り返った。けれどその視線に気がついていないのか、いまだリュウはぼんやりと目を瞬かせている。
「お腹空いたって、そりゃ空くだろう。もう昼過ぎだぞ」
「えー、だって夕べは宏武が可愛かったから」
「リュウ!」
なんの気なしに突然、とんでもないことを呟いたリュウに思わず声を上げてしまう。
その声に驚いたのか、大きく目を瞬かせて彼は自分を視線で探す。そしてようやく客人の姿に気がついたらしく、小さく首を傾げた。
「誰?」
訝しげな顔をしてこちらを見たリュウは、隣に立つ三原をじっと見つめる。少し不躾なほどまじまじと見つめるが、三原は大して気分を害していないのか、ゆるりと口の端を持ち上げた。
なんだかそれは意味深げな、含み笑いをしているようにも見える。
付き合いが長いので、この家にやってくる相手が女だったり男だったりと、その時々で違うのはなんとなく、悟られていると思う。
「仕事を世話してくれてる人だよ」
「へぇ、そうなんだ」
「お邪魔しちゃったね。それじゃあ僕はこれで失礼するよ」
素性がわかった途端に、視線を和らげたリュウに、三原は楽しげに目を細める。言葉にされてはいないが、なんだか居心地悪い気分になった。
玄関先で三原の後ろ姿を見送ると、思わず大きなため息を漏らしてしまう。
彼は人を揶揄するタイプではないから、これ以上突っ込まれることはないだろうけれど。なんだかむずむずとして落ち着かなくなる。
「リュウ、お昼はなに食べ、る」
ため息をまた一つ吐き出して、これ以上考えても仕方がないと、なにげなく後ろを振り返った。
するとリビングにいると思っていたリュウが、真後ろに立っている。予想外のことに思わず言葉が喉奥に詰まった。
けれど驚く自分とは対照的に、やけにまっすぐとした瞳で彼はこちらを見つめてくる。
「どうした?」
訝しく思いその瞳を見つめ返せば、ゆるりとこちらへ伸ばされた手に抱き寄せられた。
彼の腕は隙間を奪うかのように、強く身体を抱きしめるが、髪に頬を寄せる仕草はどこか甘えを含んでいる。
これは独占欲なのだろうか。
もしそうなのだとしたら、いますぐにこの腕を振りほどかなければならない。――そう思うものの、自分の身体はそこから一歩も、動くことができなかった。
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