第23話 ありがたいお節介

 誕生日から一ヶ月と少し経ってから、改めて希壱の友人――小淵彬人と顔を合わせる予定が立てられた。

 なぜかバーで顔を合わせた、可愛い系男子の夏樹も来ると聞いた時は、一真の頭に疑問符が浮かんだ。
 けれど実際に場が整うと、なるほどと納得する。

「彬人さん! そうやって一真さんを凝視するのやめて! 一真さんは俺のだから!」

 どうやら希壱の友人である、彬人の好みに一真は〝ドストライク〟らしい。

「ちょっと前は真面目に応援するって言ってたくせに、顔を見た途端に一目惚れしたとか……彬人、友達として最低」

「仕方がないだろう。人の好みは遺伝子に組み込まれてるんだよ!」

 向かいにいる希壱と、隣に座る夏樹から非難を浴びながらも、彬人はちらちらと一真へ視線を向けてくる。

 顔を見たのは、おそらく一真が駅で倒れた時だろう。だがはっきり言って、一真は希壱しか記憶にない。

「彬人さんは別に、美形好きってわけじゃなかっただろ!」

(これいつまで続くんだ)

 最近は暑い日が続くので、カフェの店内を選んだものの、テラス席にすれば良かった。
 周りからの視線を感じ、若干、他人事のように思いを巡らせつつ、一真は視線を外へ向けた。

 そしてカフェオレの入ったコップを持ち上げ、黙ってストローをくわえる。
 彬人の顔は男らしく整っているし、髪は長めだが清潔感もあり、職業は作家でも安定した生活らしい。

 人として問題がなく、性格も世話焼きで頼れる兄貴分といった感じ。
 歳を聞いたら一真の二歳下だった。思ったよりも若かったけれど、大人になると気にならない差だ。

 問題があるとしたら、彬人は絶対にボトムへ回るタイプではない点だろう。
 ベッドでの立場は相手によるとはいえ、やはり受け手に回ると考えれば、一真の好みは比重が片寄る。

 この男に抱かれるとしたら――想像してみるがいまいちだった。
 もし希壱に出会っていなければ、また違った印象なのだろうなと思う。だとしても、それは一真にとって、ありえない世界線だ。

 再会してもう少しで一年。いまでは希壱のいない毎日が考えられなくなった。

「ねえ、一真さん。早く希壱くんにオッケーしなよ! いまは付き合ってるも同然なんでしょ?」

 他人のふりをしていた一真に気づき、夏樹が前のめりになる。いつの間にかちゃっかり名前で呼ばれているが、外であまりフルネームを知られたくない。
 一真は仕方なく彼の呼び方はスルーをした。

(入院したのが四月の終わり――いまが、七月初旬だろ? もうそろそろ三ヶ月か)

 うっかりお試し期間であるのを忘れかけていた一真は、頭の中でカレンダーを捲る。
 もっと時間が経っている気がしたが、そんなものだったのかと、密度の濃い毎日に驚く。

「希壱、付き合うか?」

「えぇ? 一真さん! いまここで?」

 まだ彬人と言い合っていた希壱へ声をかけたら、目を見開いて驚かれた。
 確かにまったくムードがないけれど、時と場合による。

「そうしないとそこの男が諦めないんだろ? 俺はお前とのあいだに入ってこられるのは、嫌なんだけどな」

「……っ! 付き合おう。うん。いまから、いますぐ! これで一真さんは俺の!」

「わかっていたが、一切悩みもされないって、いっそ清々しい」

 悔しそうに口を尖らせた彬人に対し、希壱は得意気な顔をして一真の片手を握った。
 ぎゅっと繋がれた手がくすぐったかったが、それよりも顔を見合わせ、目配せした夏樹と彬人にやられた――と一真は気づいた。

(これはあれだ。いい意味ではめられた)

 おそらく希壱から、一真とは順調な付き合いであることを聞いており、それがまだお試し期間だと知って発破をかけたのだ。

 思えば退院して一ヶ月以上も経ってから、改めて挨拶などおかしいと思うべきだった。

(まあ、いいか。きっかけとタイミングがないと、ずるずると時間が過ぎそうだったし)

「希壱はほんと、彼氏が好きだよな。あれだけ紹介しても全然駄目だったのに。彼に関しては、あっという間にたたみ掛けたよな」

「ほんとだよね。僕なんか一瞬だよ。一真さんが現れた途端、見向きもされなかった」

「夏樹はタイミングが悪かったな」

 のほほんと会話する目の前の二人に、一真の口元が無意識に緩む。疑うまでもなく、希壱が心を許した友人が、悪い男たちであるはずがなかった。

 夏樹や彬人に対し、うがった見方をするなど、随分と視野が狭くなっていたようだ。
 ただその感情は、自覚するより前から希壱へ、一真の心が寄せられていた証拠でもある。

 希壱の周りにいる男は油断ならない。いつどこで横やりを入れられるか――そんな風に感じていたのだ。

 夏樹の態度はわかりやすかったけれど、彬人は直接会話をしたことも、顔を合わせたこともなく。希壱の口から何度も出てくるので、苛立ちがあった。

「希壱」

「なに?」

「俺は自分で思っていたより、お前に惚れていたみたいだ」

「へ?」

 ご機嫌で振り返った、希壱の顔がぽかんと間抜け面になる。
 その顔を見た一真は、そういえばまだ一度も言っていなかったと、伝え損ねていた気持ちを告げた。

「希壱、好きだぞ」

「……いっ、いまここでっ? 二人きりの時に言ってよ! いや、嬉しいけど、めちゃくちゃ嬉しいけどさ」

「二人きりの時に言ったら、襲いかかってくるだろう」

「ぐっ、確かにそうかも」

 自分の性格を把握している希壱は、納得しつつうな垂れる。
 ぺたんと耳が倒れた、可愛い黒猫が可哀想なので、一真は繋がれたままの手を握り返し「またあとでな」と囁く。

 すると瞳がキラキラと輝き、希壱の元気が復活した。

「お試し期間とか必要だったの? この二人って単なる両片想いってやつだったんじゃ」

「希壱は初めて会った頃から、気になる相手がいるんだろうな、ってのがわかりやすかった。本人は諦めたつもりでいたみたいだけど、彼だったんだな」

(三年も連絡が取れなかったら、諦めようかなって思うのが普通だよな)

 夏樹と彬人の、小声なやり取りにさりげなく耳を澄ませ、一真は再会した昨年を思い返した。
 わりと早い段階で希壱は一真を口説く、と言い始めたのに、ここに来てようやく収まるところに収まった。

 あれから一年――時間の流れが恐ろしく速い。いや、遠回りしすぎて時間だけが無駄に過ぎてしまったのだ。

「一真さんが希壱くんを選んだ決め手は?」

「決め手?」

 夏樹の問いかけに、一真は思わず考え込んでしまった。隣で希壱がそわそわした気配をさせているのはわかるが、しばらく黙って思考を巡らせてみる。

(決め手か。なんだろうな。放っておけない? は違うな。俺のほうが面倒をかけてる。純粋さ、素直さ、見た目)

 あれこれと理由を考えてみたけれど、しっくり来るものがない。

「単に、ほかの男に取られたくなかった、から? 希壱は他人にくれてやるには、もったいないだろ?」

「男前発言だなぁ」

「イケメンに限るってやつだよね」

 茶化す彬人や夏樹だが、肝心の希壱は――顔を真っ赤に染めて、一人わなわなと震えていた。
 さらにはなにか奇声でも発しそうだったのか、ぱっと片手で口元を押さえる。

「大丈夫か?」

「鼻血が出そう」

「なんでだよ」

「幸せが極まって血管が切れそう」

「お前、な。妙な理由で失血死とか、勘弁だからな」

 手を顔半分に当てたまま、こくこくと頷く希壱にため息が出る。呆れた気持ちと相変わらず可愛いやつだ、という気分。

「なんか思った以上にラブラブだね」

「だな。放っておいても上手くいきそうな」

 本気で呆れているのは、どうやら一真以外のようだ。惚気、ごちそうさまと言わんばかりに、夏樹と彬人は薄目になっている。

「あっ、希壱くん。せっかく付き合った記念だし、虫除けでも用意したら?」

「虫除け? ――なるほど! 夏樹くん、それいい。俺、欲しい!」

 まだもじもじしている希壱へ、夏樹がジェスチャーで示したのは指輪だ。
 天啓が下りたかの如く、瞳が先ほどよりキラッキラし始めた希壱に、一真はため息が出た。

 仕事場は装飾品がNGではないけれど、絶対に周りから突っ込みが入る。
 嫌と言うよりも面倒くさかった。

 そう思っても虫除けと言っているのだから、希壱は常につけてほしいと思うだろう。

「一真さん! 俺、高い物とかじゃなくていいから、お揃いが欲しい」

(出た、希壱のおねだり)

 もう何度も繰り返されているが、本当に一真は希壱のおねだりに弱い。
 彼もわかっていてやっているのだから、タチが悪いとしか言えない。だとしても最終的に頷く運命だ。

「いっそ、いまから下見に行くのはどうだ」

「それがいいかも」

(希壱のお花畑な空気から逃げる気だな)

 本来の目的は顔見せというよりも、早く希壱と一真を正式にくっつけようという、彬人と夏樹のお節介だ。

(それにしても、なんでここがくっつかないんだ? 性格の相性は良さそうなのに)

 見た目も、男前と可愛い系でバランスが良く。夜の上下に関しても合致していそうだ。

「僕たちは、映画でも観に行く?」

「いいな。いま新作が」

「二人は付き合いが長いのか?」

 ごく自然に会話し始めた二人に、一真が問いかけたら、揃ってぴたりと止まって顔を見合わせる。

「彬人とは小学校からの付き合い? 一つ上だけど、僕は早生まれだから」

「へぇ、幼馴染み」

(長く一緒にいすぎて、お互いを対象から無意識に除外してるやつだ。まあ、そこは俺には関係ない話だな)

「二人は仲良しだよね」

「腐れ縁だしなぁ」

「なんとなく続いてる感じ」

 ニコニコとしている希壱は、二人の可能性について気づいていないようだ。三人で和んでいるあたり、全員か。

 こちらの心配の前に、自分たちの関係を見直したほうがいいのでは、と思えど。一真はさほど親しくない二人に世話を焼くほど、お人好しではない。

 基本懐へ入れた者に甘いが、顔見知り、知り合い程度の人間へ心は砕かない。

「じゃあ、希壱。買い物に行くか?」

「行く! やった!」

 目下、可愛がるのはこの黒猫一匹だ。
 立ち上がった一真にならい、希壱は目を輝かせながら荷物を手にする。

「今日はわざわざ、気を使ってもらって悪いな。次はもっと、マシなものをおごらせてもらう」

 テーブルの伝票を手に取り、残された二人にひらひら振って見せると、彬人も夏樹も目を瞬かせた。

「うわぁ、大人の余裕」

「いい男は違うな」

 背後から聞こえてきた声に、なぜか希壱のほうが得意そうだ。尻尾がぴんと立ってご機嫌に歩いているように見えた。

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