ベルベット・キャンディー03

「ん? もしかしてそれって、マシュマロチョコ?」

「ああ、マシュマロにビターチョコを絡めて冷やしたやつ」

「で、どうするんですかそれ」

「機械にザラメをセットして」

 ピンク色のザラメを、中央の空洞にセットをして、機械のスイッチを入れる。するとブーンとモーターの音がして、砂糖の焦げた匂いが漂ってきた。その匂いはどこか懐かしく、すぐになんなのか思い当たる。

「あっ! 綿飴」

「そう、綿飴メーカー」

「マシュマロに綿飴も絡めるんですか?」

「うん」

 半球の部分で串を回すと、白と茶色のツートンに、ピンク色の細かな綿が絡みつく。ふわふわになったそれは、なんだかとても可愛らしい。女の子なんかはこういうの大好きそうだ。

「ほら、バレンタインデーのお返し」

「え? お返し?」

 じっと出来上がっていく様を見つめていたら、ふいに出来上がったものを目の前に差し出される。しかし差し出されたものよりも、水地先輩の言葉に驚いてしまう。

「本当はチョコに、カラースプレーなんかも混ぜるともっと見た目がいいんだけどな」

「嘘! 先輩からお返しとか全然想像してなかった」

「だろうな。俺も数時間前に思いついたばかりだ」

「用意してたわけじゃないんですね。それでも嬉しいです。あ、食べていい?」

「どうぞ」

 差し向けられた手を掴んで、ゆっくりと引き寄せると、甘い香りが漂うそれを口に含む。
 マシュマロにチョコに綿飴、という組み合わせはどれほど甘いのだろうと思った。しかしビターチョコレートが思った以上にほろ苦くて、シュワシュワと口の中で溶ける綿飴と合わさると丁度いい。

「ベルベット・キャンディー、って言う名前で高校の文化祭に出してたやつだ」

「ああ、コットンキャンディーのもじりですか? 確かに食べた時の舌触りがなめらかですね」

「俺は甘くて駄目だけど、お前は甘いの好きなほうだろう」

「いまキスしたら甘いキスになりそうですね」

「……したいなら、すれば」

 え? これはなんのご褒美だろう。いつもに増してデレが増量されている。これ本当にこのまま食べてもいいのかな。

 そっと唇を重ねれば、珍しく向こうから唇を食んでくる。されるがままに受け入れていると、舌先で唇を撫でられた。

「ん、ちょっと甘い」

「先輩、ムラムラしてくるから」

「だから、飯食ってからにしろよ。温めたの冷めるだろ」

「はい、すみません」

 誘ってきたのはそっちなのに、と言いたいところだが、せっかく作ってくれたオムライスを無駄にはしたくない。早速コートを脱いで椅子に腰かけると、お皿に載ったオムライスとケチャップが差し出される。

「水地先輩、ハートがいいです」

「あ?」

「ケチャップでハート描いて」

 俺の言葉に、目つき悪く凄んでくる先輩へ、にっこり笑みを返す。するとぐっと言葉を詰まらせ、もごもごと文句を呟いた。それでもケチャップを差し出せば、ブツブツ言いながらもそれを受け取ってくれる。

「うちはメイド喫茶じゃねぇ」

「そう言わずに。……あ、キスの代わりでいいですよ。ただいまのキスの代わり」

「さっきしただろう」

「あれはお疲れさまのキス」

「なんで種類が増えてんだよ! 誕生日を無視した詫びは、元々朝だけだっただろうが!」

 ムッと口を尖らせた、その顔が可愛くて思わず笑ってしまう。元々は俺の誕生日を知っていて無視した先輩に、一番して欲しくて一番嫌がりそうな行ってきますのキスをお願いした。

 一週間だけ毎日。と言う約束だったのに、一週間が過ぎて二週間目になってもそれは続いている。しかもお帰りとお休みのキスまで増えて。

 約束を忘れているわけではなさそうなのだが、やめろと言われないので、習慣づけてしまおうと画策している。
 まだするのか、とは言うけれど嫌なわけではないのだと思う。

 そのツンデレ具合が、ひどくたまらない気持ちにさせられる。

「ほら、さっさと食え」

「やったー! 先輩からの愛をいただきまーす!」

 結局俺に折れて、不器用なハートをくれる先輩に、またニヤニヤしてしまう。そんな俺の顔に、ふて腐れた表情を浮かべた先輩は、甘すぎると言っていたベルベット・キャンディーを頬ばった。

「オムライスおいしい!」

「はいはい」

 ほんの少し冷めかけていたけれど、久しぶりに食べる先輩のオムライスは、最高においしい。

 お腹が空いていたこともあって、それは五分もしないうちに、完食してしまった。

「そういえば、高校の時って俺と先輩あんまり話したことなかったですよね」

「なんだよ、急に」

「いや、文化祭で思い出したけど、高校時代に先輩との思い出ってまったくないなぁって」

「そうだったか?」

「そうですよ。それなのに先輩はなんで俺のこと覚えてたの?」

 再会した時に、俺の名前を呼んだ理由がいまだにわからない。名前を聞いて、驚いた顔をして顔を上げた。それまで興味の欠片もない態度だったのに、その瞬間から目の色が変わった。

 驚きと、戸惑いと、多分、喜び。
 そう、先輩は俺を認めて喜んでいたんだ。俺の錯覚と妄想でなければ、俺を見て嬉しそうだった。

「なんだっていいだろう」

「よくないですよ。そこ、すごく重要なところ」

 ふいに視線を落とした水地先輩は、表情を隠すように俯く。けれど隠し切れていない頬と耳が赤くなっていた。

「俺、先輩がいなくなってから、自分の気持ちに気づいたから」

「え? もしかしてお前あの頃から?」

「そうですよ。好きになったのは高校時代です。なんだかいつも先輩が目の前にいる感じでした。でもいなくなってからそれに気づいて、自覚するのが遅かったなって後悔したんです。もっと早く気づいてたら少しは近づけたかもしれないって」

 卒業後も連絡を、取り合うことができたんじゃないか。そこまでできなくても、水地先輩を追いかけて同じ大学に行けたんじゃないかって、しばらく落ち込んだ。
 いままでもたくさん片想いをしてきたけれど、先輩への恋心はなにもしないままで終わらせるには、もったいないと思えるものだった。

「あの頃の俺、水地先輩のことばかり見てた」

「……そ、それは、お前じゃなくて、俺がお前を見ていたからだ」

「ちょっと、待って! それって、どういう意味で?」

 それはまったく予想していない答えだ。あの頃、視線の先にいつも先輩がいたのは、俺が追いかけていたんじゃなくて、先輩が俺を追いかけて見ていたってこと?

「特に意味なんてねぇよ。お前はあの頃から一際背が高くて目立ってたし、誰よりも足が速くて、走ってんのを見るのが良かったんだよ。風を切るみたいにぐんぐん走って行く姿を見てるのが、なんか気持ち良かったんだ」

「いつもグラウンドで校舎を見上げると窓辺に先輩がいました。それは、先輩が俺を意識して見ていたってことですか?」

「だから、意味はないって。ただ、俺は走るのてんで駄目だから、それが羨ましかっただけだ」

 その羨望が、いま意識した好きに変わったってこと、なのだろうか。もしかしてお前ならいいよ、そう言ったのは無意識の好意だったのか。しかしどんな理由でも、俺は先輩の中で形として残っていたんだ。

 そこに本当に、意味がなにもなかったとしても、心の中に鴻上理一という人間がずっと存在してた。

「ベルベット・キャンディーって先輩みたいですね」

「なんだよそれ」

「ほら、外側はシュワシュワって簡単に解けるのに、内側はちょっぴりほろ苦くて。だけど最後は柔らかくて甘い」

 簡単に触れるのを許してくれるのに、いざ近づいてみるとものすごくツンツンしてて。だけど心の内側に入ってみると、ひどく優しくて甘い。お菓子みたいに解けて、溶けていくその気持ちが幸せを感じさせてくれる。

「俺は甘かねぇよ」

「嘘、すんごく甘いですよ」

「今度から激辛にしてやる」

「んー、どんな先輩でも愛おしいですけどね」

 甘くても苦くても、どんなに辛くたって、その内側にあるのは優しさしかない。再会をしてから俺はあの頃にできなかった恋を取り戻した。

 初めて見る先輩の素顔を知るたびに、この胸の想いは募るばかりだ。この人に触れるたびに、愛おしさは大きく膨れ上がっていく。

「あ、ホワイトデーのお返しをしそびれたので、お詫びはなにがいいですか? 一日一回愛してる、とか」

「うぜぇよ」

「ええ、じゃあ、週四えっち」

「なんで詫びなのにお前の都合のいいほうに持ってくんだよ」

「じゃあ、なににします?」

「いい、もう。イベントとか面倒くせぇ」

 見慣れたうんざりした顔も、可愛いなって思えてしまう。好きの気持ちが、柔らかな綿菓子みたいにどんどんと降り積もる。
 何度も何度でも恋をさせてください。どんなほろ苦さも極上の甘さで溶かしてあげるから。

ベルベット・キャンディー/end