移り恋02
希をあいだに挟み、まるで親子のように小さな手を繋いで、家路につく。
さらに三十分ほどかけて家に帰り着くと、キッチンに立った淳が雅之と希のために晩御飯を作ってくれる。
これは高遠家では最近よく見る光景だ。
淳は園長の手伝いをしているため、就業時間にあまり決まりがない。朝から晩まで仕事をしていることもあれば、こうして時間を作って、来てくれることもある。
幼い頃から父子家庭だったという、淳の料理はどれも美味しく。希に至っては近頃、雅之の作る料理では満足しなくなってきたほどだ。
だからか淳が来た日は、普段の倍くらいもりもりとたくさん食事をする。
そして腹をいっぱいに満たし、風呂に入ればもうあとは夢の中だ。
「希くん、寝ちゃいました」
食事の片付けを雅之がしているあいだに、淳は希を風呂にまで入れてくれた。
うつらうつらし始めた希を寝かしつけたあとは、笑いながらコートを羽織り、帰り支度を始める。ソファに腰掛けていた雅之は、そんな彼に笑みを浮かべ、隣を軽く叩いた。
「珈琲くらい、飲んでいけば?」
「……あ、はい」
促すようにまた、ソファをぽんぽんと叩く。さらに雅之が小さく首を傾げて見せれば、ほんのりと頬を染め淳は小さく頷いた。
「牛乳を三分の一にお砂糖一つ半、だよね。覚えちゃったよ」
珈琲とは言ったけれど、淳に出すそれはもはやカフェオレだ。最初の頃は珈琲が苦手なことを黙っていたが、なんとなく飲みにくそうにしているのに気がついて、白状させた。
それ以来、自分でカフェオレを淹れていた淳だが、その様子をじっと見ていた雅之は、少しずつ彼の色んな好みを覚えていった。
「いつもごめんね」
「だ、大丈夫です。おれ、あ、自分は嫌いじゃないのでこういうの」
「そっか、ていうか。ずっと気になってたんだけど、淳くん喋り方は普通でいいよ。ここ保育園じゃないし」
普段はすんなり出てくる淳の敬語も、雅之と二人きりという場面になると、酷くぎこちないものに変わる。
それはそれで可愛いと雅之は思っていたけれど、明らかに意識して緊張しているのがわかって、ずっとそのままではなんだか可哀想に思えた。
「すみません。あ、ごめんなさい」
「気にしなくていいよ」
慌てた様子で、カフェオレの入ったマグカップを握った淳は、耳まで赤く染めながら俯いた。
猫舌な淳のために淹れた、カフェオレは人肌ほどで、雅之にしてはぬるいと感じるほどだ。それでも美味しそうに飲む姿を見ていると、自然と笑みが浮かぶ。
しばらくそのまま隣の彼を見つめていると、ゆっくりゆっくりと飲んでいたはずのカップが、いつの間にか空になったようだ。
ソファを立とうか、どうしようかと悩んでいるのが、言葉にしなくともよくわかる。ちらりと横目で自分を見つめてくる、淳の視線が可愛いなと思いながら、雅之はやんわりと微笑んだ。
「わっ、あのっ、高遠さんっ」
「なに?」
「えっ、あの、これは」
子供が一人、寝入っただけで部屋の中はしんと静まる。そんな空間に、淳の上擦った声が微かに響いた。
頬を赤く染め、彼は落ち着きなく身体を身じろがせている。雅之はその様子を見下ろすと、目を細めて口元を緩めた。
「嫌なら嫌って、言ってもいいよ」
手にしていたカップを攫い、テーブルに置いた雅之は、両腕のあいだに収めた淳を見つめる。
雅之の言葉に目を泳がせた彼は、先程ソファに押し倒した時から、然して抵抗を示さない。
「それじゃないといい気になっちゃう」
毎日、愛息のことを考えて帰っていたけれど、いつの間にか雅之は淳に会うのも、楽しみだと思うようになっていた。
こうして繰り返しやってくる彼に会いたいのか、どちらが口実で本音なのか、近頃それがよくわからない。
だから雅之は、その気持ちを確かめたくなってしまったのだ。
そっと赤く染まる頬を指先で撫でて、それから少し厚みのある唇に指を這わせる。
すると淳の肩が小さくぴくりと震えた。
気づけばその柔らかな唇に、雅之は口付けていた。唇と舌先で淳の唇をたっぷりと味わい、うっすらと開いたそこから口内に舌をすべり込ませる。
逃げるように奥へと引っ込んだ、淳の舌を絡め取るように吸い上げれば、小さくくぐもった声が漏れた。
その声に気をよくした雅之は、シャツの上から手を這わせて、ぷっくりとした尖がりを弄り、指先でその感触を楽しんだ。
「ぁっ……んっ」
瞳を潤ませながら身をよじる、淳の姿は想像以上に雅之の気持ちを高ぶらせた。デニムからシャツを引き抜き、その隙間から素肌に手を忍ばせれば、またぴくり身体が震える。
今度はたくし上げたシャツの隙間から、現れた肌に口付けを落とした。
さらに直接、胸の尖がりをつまみ上げると、小さな嬌声が聞こえ、雅之は腰のあたりが痺れるような感覚を味わう。
「た、高遠さんっ……待って、待って、嘘っ、あっ」
「ごめんね。淳くんが可愛すぎて、もう待てそうにない」
耳元にそう囁きながら、少し乱雑にデニムのボタンを外して、手をすべり込ませれば、淳の腰が大きく跳ねた。
先走りで濡れ始めていた彼の熱を、雅之は手のひらと指先で擦りこね回す。
「あ、ぁっんんっ」
刺激に堪えきれなくなってきたのか、小さな嬌声が噛み締めた淳の唇から、どんどんと漏れ聞こえ始める。
その嬌声に混じり、うわ言のように何度も「待って」と繰り返されるが、雅之の手は止まらずに彼を追い詰めていく。
均整のとれた引き締まった淳の身体に、赤い花びらのような痕をいくつも刻みながら、時折胸の尖がりを丹念に舐めしゃぶる。
「ひ、んっ、あぁっ、ん」
繰り返される身体への愛撫に、雅之の手の中で濡れそぼった熱が弾けた。けれど淳に快楽を与える手は止むことはない。荒い呼吸を繰り返す彼へ、更に強い刺激を与えていく。
「駄目っ、あっ、たか、とぉさんっ……ぁっ、ふぁっ、やっ」
「ねぇ淳くん、全然これじゃあ伝わらないよ」
言葉では抵抗を示すけれど、無理やりデニムを引き下ろされても、淳は弱々しく雅之にしがみつくばかりで、いいように身体を弄ばれる。
顔を真っ赤にしながら、瞳に涙を溜めるその表情は、雅之の気持ちを煽ることしかしない。
下着とデニムを足先から抜き取り、足を押し開くと、隠れていた秘所が上を向いた。
まじまじとそこを見つめる、雅之の視線に淳は顔を赤らめながら、足を閉じようとする。
だが大して力の入っていない抵抗は、簡単に雅之の手によって押し留められてしまう。
「ここでしてもいい?」
こぼれた白濁が伝い落ちる尻たぶを掴み、その奥に雅之が指を滑らせる。すると淳の目が大きく見開かれ、雫が一筋頬を伝った。
その雫を舌先ですくい上げ、耳元で再び同じ問いかけをすれば、小さく肩が震える。
「お、俺そっちはまだ、したこと、ない」
「……、まだってことは、男の人と経験はあるんだ」
思いの寄らない返答に少しばかり戸惑い、雅之は目を瞬かせてしまった。自分に好意を向けてくれている時点で、淳の恋愛傾向は想像をしていた。
しかしまさか男性経験まであるとは、想像できていなかった。
「えっ、あっ」
固まった雅之の反応に、顔を青ざめ、言葉を探すように淳は目をさ迷わせた。
その表情に気がついた雅之はふっと小さく笑い、子供をあやすように腕で頭を抱き寄せ、そこに頬を寄せる。
「いや、男の子だもんね。経験はあるよね。でもこっちは初めてなんだ」
固く閉ざされた蕾を指先で何度も撫でると、淳はぎゅっと雅之の腕にしがみついてくる。その必死な様子が可愛くて、雅之は額や頬やこめかみに幾度も口付けていった。
すると少し伏せられていた瞼が持ち上がり、じっと雅之を見つめる。その視線に気づいた雅之は高まった体温とともに、ほんのり色づいていた淳の唇に口付けた。
唾液が口内で混ざり合い、くちゅくちゅくと小さな音が響く。一生懸命に舌を絡ませてくる淳が愛おしくなって、雅之は何度もそれを吸い上げ、舌裏を擦り反応を楽しんだ。
「高遠さん、なんか……慣れてる?」
「え?」
テーブルの下にある引き出しを雅之が漁っていると、ふいに小さな囁きに似た声が聞こえてきた。その声に振り返ると視線が真っ直ぐにぶつかり合い、淳は慌てて目を伏せる。
「ん、一応勉強はした」
「えっ」
「君のこと想像した時に、どうすれば気持ちいいのかな、とか?」
ようやく引き出しから、軟膏を探し当てた雅之はそれを持ち上げて、淳を見つめる。するとその視線に、伏せられていた瞼がゆるりと持ち上がり、潤んだ瞳が真っ直ぐに見つめ返してきた。。
「ねぇ、その目……誘われてるようにしか見えない」
「そう、思ってくれても、いいです」
「淳くん、僕のこと好き?」
試すような雅之の言葉に、淳の視線は何度も空を泳ぐけれど、しばらくすると下唇をきゅっと噛み、顔を上げた。
「好きです」
「じゃぁ、このまま君を僕のものにしていい?」
「……はい」
囁きにも似た小さな声だったけれど、雅之はその言葉は聞き逃さなかった。食らいつくように淳の唇に口付けて、再び艶めかしい姿態に溺れていく。