撮影が終わったあとは、小道具の花をコンビニで学校へ送り、昼食を済ませて解散となった。
真澄はデートをしようと、言ったことを覚えていたようで、二人で繁華街へと移動する。
電車を乗り継ぎ、降り立ったのは、普段あまり縁のないお洒落な街だ。道の端に並ぶ店も、歩く人もどこか大人っぽい。
クリスマスが近いからか、あちこちがキラキラとしていた。
そんな中、腕を組んで歩いている幸司たちは、相変わらず人目を引いている。真澄はまったく気にする素振りを見せないが、もう少しお洒落さを身につけたほうがいいのか。
ショーウィンドウに映った自分を見て、幸司は考え込んだ。
今日も真澄は抜群に可愛い。白のざっくりニットに、ボルドーのフレアのスカート。さらに濃紺のコートと、ナチュラルメイクが清純派女子を作り上げる。
通り過ぎる男の人が、見惚れているくらいだ。
「こうちゃんは指輪、どんなのがいい?」
「シンプルなのがいい。学校でつけても派手じゃないの」
「ああ、そっか。学校か」
悩ましい顔をしながら、真澄はスマートフォンを操作する。メッセージを打ち込んでいるので、誰かとやり取りをしているのだろう。
「でも、ほんとにいいの?」
「いいよ。こうちゃん、もうすぐ誕生日だよね?」
「うん。……って、あれ?」
「ん?」
「いや、なんでもない」
ふと自分は彼に、誕生日を教えただろうかと、幸司は首をひねった。
けれど今日は、友人たちとも話し込んでいたので、なにかのタイミングで聞いたとしても、おかしくない。
それならば聞いてくれればいいのに、そう思うが、サプライズのつもりだった可能性もある。
「あの、真澄さんの誕生日って、いつ?」
「ええ? 俺の誕生日なんて気にしなくていいよ」
「でも、俺も」
「それは本当にいいから」
真澄の返事に言葉が詰まる。遠慮をしていると言うより、聞かれるのが本当に嫌なのだろう。珍しく一瞬だけ、笑みが消えた。
色々と知りたいのに、迷惑なのだろうかと不安になる。再び笑顔を浮かべた横顔に、幸司は小さく息をついた。
「こうちゃん、ここにしよう」
「わっ、高そうだよ」
「平気だよ。わりとリーズナブルなのも置いてる」
足を止めたのは、曇り一つないショーケースが並ぶ宝飾店。イベント間近ゆえか、仲睦まじいカップルが数組いる。
真澄とお揃いならば、いっそ雑貨屋のシルバーリングでもいいのだが、彼は店に足を踏み入れてしまった。
「いらっしゃいませ。あっ、真澄、久しぶりだね。連絡、ありがとう」
「うん」
「いつもの感じでいいの?」
店に入るとスーツを着た女性が、親しげに真澄に話しかける。ネームプレートには店長と書いてあった。
それをぼんやり見ていた幸司だけれど、いつも――の言葉に反応してしまった。
思わず二人を見比べると、彼女はハッとして、ひどく気まずそうな顔をする。
「やっぱやめた。こうちゃん、別のところに行こう」
「ま、真澄!」
「えっ? 真澄さん?」
また表情を引っ込めた彼は、後ろで慌てる女性を振り返らずに踵を返す。引っ張られるままに店を出て、幸司は足早な歩みを追いかけた。
「真澄さん、俺、別に気にしてないよ。全然、ほんと」
「……なんで、気にならないんだよ」
「えっ」
急にぴたっと足を止めた真澄に、今度は勢いのままぶつかりそうになる。身を引いて上体を反らせば、彼は幸司の身体を引き寄せた。
目の前に迫った顔にじっと見つめられ、言葉が続かない。
「恋人のことって気にならないもの? 俺ってこうちゃんの中で、どうでもいい感じ?」
「えっと、嘘、です。気になるよ、すごく。でも真澄さんは、真澄さんの付き合いがあっただろうし。過去のことをあれこれ俺が言うのも、……その」
「恋人のことは、なんでも知りたいって思うものなんだよね?」
「お、思うよ! 真澄さんのこと、もっと色々、知りたい」
「ふぅん、そっか」
つい大きな声で力説してしまうが、幸司の返答に真澄は、途端に機嫌が良くなる。にっこりと満面の笑みを浮かべて、首元に抱きついてきた。
コロコロと変わる、彼の振り幅にひどく戸惑う。
それでも損なった機嫌が、元に戻ったのかと思えば、ほっとせずにはいられない。おずおずと幸司が腕を伸ばして抱きしめ返すと、頬を包まれ、キスをされた。
「指輪はまた今度にして、ちょっとぶらっとしよう」
「うん」
「そうだ、服を買ってあげようか?」
「んー、真澄さんの行きつけは、どこもお洒落そう」
「こうちゃんはあんまり、服とか興味ない?」
「センスがなくて」
「じゃあ真澄さんが見繕ってあげよう。行こう!」
目的を決めたらぱっと気持ちが切り替わる。少し前のことがなかったみたいに。
一緒にいて、幸司が不安になるのは、こういう時だ。自分もいつか簡単に、忘れられてしまったらと後ろ向きになる。
気持ちを向けてもらえているのも、大事にしてくれているのも感じていた。長い付き合いのある野坂が言うくらいだ。
信じてもいいのだろう。それでももっと内側まで、見せてくれたらいいのにと、思わずにいられない。
握りしめられた手を握り返しながら、幸司はそんな想いを込めた。
「ほら、もうちょっとぴしって、背中を伸ばしてみな」
「う、うん」
「猫背だよね、こうちゃんは。脚も長いし、背も高いし、スタイルいいのにもったいない」
メンズもののショップに寄ると、あれやこれやと真澄が服を持ち寄ってくる。シンプルだけれど、仕立ての良さそうな数々。
絶対に普段着ているものより、ゼロの数が一つか二つ多いように思えた。
「ここのお店のボトムを詰めずに穿けるって、結構すごいんだよ」
「そうなの?」
「ほんとこうちゃんは宝の持ち腐れ」
「できたらあんまり、目立ちたくないし」
「可愛いのにね」
小さく笑って、真澄は幸司の頭に帽子を被せる。
鏡の中の自分は、服だけ垢抜けていて、なんだかひどく違和感があった。
それなのに彼はひどく楽しそうだ。
「あの、真澄さん」
「なに?」
「えっと、真澄さんはもう、メンズものは着ないの?」
「んー、着るよ。普段はわりとそう。……もしかして、見たい?」
「見たい!」
出会った頃はわりとパンツスタイルも多かったが、最近はフェミニンな格好がほとんどだった。
どちらも似合うが、スタイルの良さがわかる、格好いい真澄も幸司は好きだ。
「そんなに見たいんだ。てっきりこうちゃんは、ふわふわの可愛い女の子が好きなのかと思ってた。ちょっとリサーチ不足だったな」
「可愛くても、格好良くても好きなんだけど。一番の理由は、……素の真澄さんが、もっと見たい、なって」
「素の俺? そんなの見たら引くよ」
「大丈夫! 真澄さんなら、なんでも平気」
「そんなこと言って、後悔しても知らないぞ。まあいっか。ちょっと待ってて」
「うん!」
身を翻した真澄が店内を歩いて行くのを、幸司は胸を高鳴らせて見つめた。男性的な雰囲気はいつもベッドの中だけ。
それも特別ではあるが、本当の立花真澄を見たくなった。
※コメントは最大500文字、5回まで送信できます