あの時はなにも見ていないみたいな顔だったけれど、いま目の前にある苦笑いは少し悔しさも滲ませる顔だ。しかしよくあの場面を見て怒らなかったなと思う。手を繋がれたり、抱きしめられたりしただけで、目に見てわかるくらい機嫌が悪くなったのに。
「見ました、しっかりと。ですがあまりにも突然で身動きが出来ませんでした。あなたが身じろぐこともなく受け入れているのを見て、声も出ませんでした」
ああ――この人、本当に俺のことが好きなんだな。あまりにもショックで動けなくなったんだ。人間ってとっさのことに対応できないことが多い。その衝撃が大きければ大きいほど。
「俺だって驚いて動けなかったんだ。受け入れてたわけじゃない」
「はい、抱きしめられて慌てる姿を見たら、それに気がついてようやく動けました」
「もうちょっと早く気づいて欲しいけど」
「すみません。あなたのことになると自分でも驚くくらい焦ってしまうんです」
照れくさそうに頬を染めるその顔にくすぐったい気持ちになる。好きで好きでしょうがないって言われたみたいで、ひどく照れくさい。しかし二人で照れながら顔を見合わせていると、大きなため息が聞こえてきた。
「ちょっと! 二人の世界作らないでくれる! 俺を無視しないでよね」
「み、光喜! 重い」
ため息と共に両腕を伸ばした光喜が抱きついてきて、身体を俺と鶴橋のあいだに割り込ませてくる。ぎゅうぎゅうと抱きしめられてかなり苦しい。ほんとにこいつくっつくの好きだな。
「勝利、俺ともデートするんだよ。平等に扱ってよね」
「わ、わかったよ。わかったから離せよ」
「その扱い傷つく。その人との扱いに差がある! 俺のことも好きになってくれなきゃ嫌だ」
「なに甘えてんだよ! ちょっ、マジで苦しい!」
「来週末、土日にそれぞれデートね。俺、絶対に勝利を惚れさせるから」
どこからそんな自信が湧いてくるのだろう。だけど光喜ほどの男なら女の子も、きっと男でもぐらっときたりするんだろうな。こうやって甘えられたら可愛いなとか思っちゃったりして。
それにしてもこの三角関係、一体いつまで続くんだろう。来週末まで? それとも――あ、もしかして俺次第か。んー、ちょっと気が重いな。
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