彼の想い人
サボテンのユキ――もしかしてくだんの人だろうか。名前にユキがつく人が、周りにそれほどいるとは思えない。だが中原の想い人が、同性だったのは意外だ。
目鼻立ちのはっきりした、可愛らしい顔立ちをしているけれど、声も体格も男性のもので、ボーイッシュというにはいささか難しい。どう見ても中原と同じ歳くらいの男の子だ。
とはいえ天音自身は、男性も女性も恋愛対象なので、驚きこそすれそこに偏見はまったくない。それどころか、いまは中原が身近に感じられる。
恋愛の枠組みは一つしかない、という人もいまだ世の中に多く、天音は自分の恋愛傾向に対し、肩身が狭い気持ちがあった。
「初めまして、雪宮望です。こいつとは高校からの付き合いで、大学も一緒なんです」
黙って二人の様子を見ていると、雪宮は天音に向け、人なつこそうな笑みを浮かべた。明るくてハキハキとしたところは、初対面であっても好感が持てる。
「僕は遠藤、天音です。ここの職員で」
「誠ってもしかして面食い? 片想いしてる人がいるって言ってたけど、そういうことだったりする?」
「馬鹿、なに言ってるんだよ。初めて会った人にそういう言い方、失礼だろ」
からかうみたいな雪宮の言葉に、中原は少し怒ったように顔をしかめる。好きな人相手にその反応はどうか、と思うが、彼が秘めた感情を丸出しにする場面は、これまで一度も見たことがなかった。
雪宮も笑っているので、この対応はいつものことなのかもしれない。
「中原くんって、モテるの?」
「え? 遠藤さんまで、いきなりなに?」
「ほら、前にバイト先でも似たようなこと言われてたから。告白してきた人に、好きな人がいるって、断ってたりするのかなって」
「それは、その」
天音の言葉に顔を赤らめた中原は、途端に落ち着きをなくし、やたらと自分の首元を触る。これは図星、というやつなのだろう。
周りに噂話が流れるほどモテるのに、肝心の片想い相手に想いが伝わらないのは、同性同士だから、ということか。
「遠藤さんは、いま恋人、いないの?」
「僕? いないけど。どうして?」
「あー、えっと、俺なんかより、よっぽどモテるだろうなって、思って」
「全然だよ。もうしばらく恋人とかいないし。中原くんみたいな人が現れないかなって、思うくらい」
「遠藤さんやっぱり、天然が入ってるね」
「ん?」
ますます顔を紅潮させる中原に、訝しく思う天音だが、ふと自分のうかつな発言に気づく。いまのはまるで、彼が好みのタイプだと、言わんばかりだ。
「あっ、ほら、中原くんって気遣い屋さんで優しいし、真面目で一途そうだし。そういう人に好きになってもらえたら嬉しいな、っていう意味で」
言い訳を言えば言うほど、自爆しているような気持ちになる。天音があたふたとすれば、中原まで照れくさそうな表情に変わった。
「誠はいい男だよな。俺が女だったら絶対に彼氏にしたい」
「雪宮まで、そういうこと」
「だってわざわざ俺のために弁当を作ってくれるし、雨の日に傘をなくしたら貸してくれるし、誕生日は忘れないし、約束を一度もすっぽかされたことないし、すごい尽くされてる感じがする」
「それはお前がなにかとずぼらで、誕生日はアピールするから」
天音たちのあいだに割り入ってきた雪宮は、中原の腕に絡みつき指折り数える。その様子は彼氏に言いよる相手を、牽制しているかのようだ。
雪宮の反応に天音は驚いた。思ったよりも二人の関係は、良好なのではないだろうか。
中原が告白しても、すんなり返事をもらえそうに思える。それともこれは友達だからこそ言える、軽口なのか。
「片想い相手に玉砕したら、俺が拾ってやるからな」
「馬鹿言うな」
いま告白したら、勢いでいい答えが返ってきそうだ。とはいえ中原の反応が素っ気なくて、甘い雰囲気にならない。もう少しわかりやすく、気持ちを表に出せばいいものを。
片想い期間が長すぎるのだろうか。
元より中原は表情豊かとは言いがたいが、それでも好きな人の前では、もっと違う一面が見られるのでは、と思っていた。
もしかしたら普段、気持ちを押し隠しすぎているから、心の声があんなにも、好きの気持ちで溢れているのかもしれない。
「誠、これから時間は? 飯、行こうよ」
「またお前は俺にたかる気だな」
「大丈夫、今日はおごってやる」
「……まあ、それは、いいけど」
好きな人に、ぴったりとくっつかれ、じっと見つめられているのに、中原はどこか気まずそうな顔をした。ちらちらと向けられる視線に、天音は思わず小さく首を傾げる。
黙って見つめ返すと、彼もまっすぐに見つめてきた。
「……あっ、そっか」
もしかしたら同性同士で、仲良すぎることを気にしているのかもしれない。自分はまったく気にならないことだが、普通は気にかかるものなのだろう。
若い男の子の距離感はよくわからないけれど、気にさせてはいけないと、天音はにっこりと笑みを浮かべる。
「二人は仲良くて微笑ましいね」
「えっと、遠藤さん、さっきの話」
「話? なんだっけ?」
「いや、……なんでもない。また、来るね」
「うん。またのご利用をお待ちしてます」
雪宮に手を引かれながら、中原は天音に小さく会釈をする。その仕草に手を振れば、彼も手を振り、わずかに笑みをこぼした。
珍しいその表情に驚いてしまうが、好きな人とのデートで気持ちが浮き立っているのでは、と思うと本当に微笑ましい。
「片想い、か。したことないんだよな。ああいう感じ、普通なんだろうか」
いつも天音は自分を好きになってくれた人としか、付き合ったことがなかった。
心の声が聞こえるから、好きになりかけても、相手が自分をどう思っているかすぐにわかってしまい、構えてしまいがちだ。
「いいなぁ、恋。しばらくしてないな。そろそろしたいかも」
仲良さそうに歩いて行く、二人の後ろ姿を見送ってから、天音はため息交じりに仕事へ戻っていった。