君との出会い

 最近なぜか妙な人に好かれてしまったようで、突然毎日が波瀾万丈になってしまった。
 なんでそうなったのかいまだ謎なのだけれど、今日も彼は僕を迎えに教室までやって来た。

「広志」

 しかもなぜに名前呼びの呼び捨て? 彼は一個下の一年生だし、僕と彼の面識はまだ数える程しかない。
 けれど彼の声に、ざわめいていた教室が一瞬しんとなる。呼ばれた僕はと言えば、否が応でも肩が跳ね上がり身がすくむ。

「あの、僕は」

 逡巡する僕に周りのクラスメイトたちは、早くと無言の視線を投げかけてくる。さっさと彼のところへ行けと言うのだ。

「もう帰れるだろ?」

「う、うん。まあ」

 クラスメイトの視線と彼の言葉に僕は渋々、鞄を手に立ち上がる。
 僕を見つめ、小さく首を傾げる彼は、さりげないそんな姿さえ様になるほどの美形だった。でも、それ以前に近寄りがたい雰囲気の人種でもある。

 それはいつも眉間にしわが寄っていて怖いとか、髪の色が明るいとか、制服が着崩されてるとか、耳のピアスがやたらと多いとか――そんなことだけじゃなくて、なんというか、僕みたいな平凡に生きてる人間とは縁遠いオーラというのだろうか。そんなものがある。

「神野くん」

「……怜治」

 並び歩く彼を呼べば、すかさず訂正された。なぜか彼は名字で呼ぶと怒るのだ。

「あの、怜治くん」

「なんだ」

「……えっと」

 ふいに覗き込むように顔を寄せられて、思わず数歩後退りしてしまった。見慣れない綺麗なものは心臓に悪い。
 しかし下がった分だけ、背に回された腕で引き戻される。

「どっ、どうして僕に構うの」

 慌ててその手から飛び退き、僕は怜治くんを見上げる。すると眉間にしわを寄せたまま、彼は僕をじっと見ていた。

「……」

「怜治くん?」

 どんどん複雑そうな表情に変わる彼の顔に、僕の心境はヒヤヒヤとはらはらで手のひらに変な汗が滲んでくる。

「あんたが可愛いから」

「はい?」

 いきなりぽつりと呟かれた言葉に、僕の声がおかしいくらいに裏返った。まさかそんな答えは予想だにしない。

「いやいや、なんの冗談?」

「は? 冗談じゃねぇよ。俺は本気だ」

「いやいやいや……」

 いくらそんな真面目な顔で本気だと言われても、人間、信じられるものと信じられないものがあるのだ。
 僕は確かにもやしっこと言われても仕方がないくらい、白くてひょろひょろとはしている。だけど決して顔立ちが女の子っぽいわけじゃない。誰がどう見たって普通の男子だ。

「怜治くん、そういう趣味?」

 目が悪いのでなければそれしかない。

「……違う」

 あ、思いきりムッとされた。

 せっかくの男前が台無しなくらい眉間にしわ――どころか溝ができている。

「じゃあ、どうして僕?」

「……」

「え? ちょっとどこ行くの」

 ふいに口を噤み、急な方向転換をした怜治くんに、手首を掴まれ、僕は半ば引きずられるよう歩かされる。
 駅まであと少しだったのに、どこへ連れて行こうというのか。僕の声など聞こえていないみたいに、怜治くんはずかずかと歩を進めた。

「怜治くん、ここ、どこ?」

 来た道を戻り、学校さえも越えて、延々歩いてたどり着いた場所を見上げ、僕はぽかんと口を開けた。
 大きな門構えと外から見るだけでもわかるその面積。由緒正しき日本家屋――そこまではまだいいけど、なんだか指紋をつけただけで首が跳ねられそうな黒塗りベンツが眩しい。

「俺んち」

「だよね」

 この展開でそうじゃなきゃおかしいもんね。

 乾いた笑い声を上げた僕を怪訝な顔で見ながら、怜治くんは門の横についている小さな扉を押した。
 そしていまだ手首を掴まれたままの僕は、それに引っ張られあとに続く。

「にゃぁ」

「……?」

 入り口を跨いだ瞬間、足にまとわりつく温かくてふわふわした感触。僕は小さな声につられて視線を落とした。

「あ、お前」

 その先では綺麗な金色とブルーの瞳を持つ黒猫が、行儀良く足元に座っていた。
 その猫には見覚えがあった。

「これうちのオオクラさん」

「はい?」

 ひょいと片手で猫を抱き上げた怜治くんに、僕は思わず首をひねってしまった。
 どんなネーミングセンスだ。

「オオクラさんは人間嫌いで俺にしか懐かない」

「……そう、なの?」

「でも最近自分から外に出たがる」

 そう言ってじっと僕を見つめる、怜治くんの意図がよくわからない。
 この黒猫、オオクラさんとはよく学校の裏手で出会う。確かに最初は警戒して近づいても来なかったが、日に日に距離は縮まった。それが人嫌いとは面妖な話だ。

「あんたの膝の上で寝てるオオクラさんを見て驚いた。いままで誰にも懐かなかったのに」

 けれど複雑そうな怜治くんの表情に戸惑う。

「あの……それで、それがどうして僕を構う理由になるの」

 そもそも論、それを聞いただけのはずなのになぜいま、彼の家に連れて来られたのだろうか。

「なんで懐いたのか気になってあんたをずっと見てたら、好きになったから」

「……ど、どうしてそうなるのっ!」

 少し恥ずかしそうに呟いた怜治くんの言葉に、僕はとっさに突っ込んでしまった。
 上級生さえビビってしまうオーラの持ち主が、いまとんでもなく阿呆に見えた。

「怜治くん、それ勘違い」

「は? 勘違いじゃねぇよ」

「……う」

 阿呆に見えたが、やはり目を細め見下ろされるとつい萎縮してしまう。怜治くんは目力が強いのだ。どことなく冷ややかでキツいその目が怖い。

「勘違いじゃねぇ。俺はあんたに近づきたいし、触りたいし、やらしいこともしたい」

「ちょ、ちょっと最後のほうは、聞きたくな」

 身の危険を察して後退りをした僕は、腕を伸ばした怜治くんに勢いよく抱き寄せられた。そして唇に触れた柔らかな感触に身を固め動けなくなった。
 僕らのあいだに挟まれそうになったオオクラさんが、不満げに鳴いて地面に降り立ったのを頭の片隅で感じる。

「好きなんだよ、わかるだろ」

「……いや、あの。ごめん、わからない」

 真剣な面持ちで僕の肩を鷲掴み、さも当たり前のように断言されるが、残念ながら僕には怜治くんの気持ちがわからない。

「なんでだ」

「だって僕のなにがそんなにいいの? よく知らないよね」

 怜治くんとはろくに話もしたことがない。帰り道はいつも学校から駅までほとんど無言だ。

「笑った顔」

「え?」

「あんたの笑った顔が好きだ」

 好きだと言うくせに、なぜそんなに泣きそうな顔をするんだろう。
 頬を撫でられ、再び抱き抱き寄せられるが、僕は浮かんだ疑問に身動きできずにいた。

「どうしたら笑ってくれる?」

「……」

 そして怜治くんの言葉にほんの少し胸がチクリとした。
 ぎゅっと腕に力を込められるが、なんとなく抵抗する気が失せてしまった。

「ペットは飼い主に似るって言うけど」

 不器用過ぎだ。
 大体、オオクラさんみたいに美猫で癒やし要素があれば別だけど、毎日あんなしかめっ面みたいな怖い顔をして来られても、笑いようがない。

「そんなに僕が好き?」

「好きだ」

 頬を寄せられ、ぎゅうぎゅうと抱きしめられているのに、なんだか懐かない野良猫に擦り寄られている気分になった。
 とはいえ、それとこれは別。

「でも僕、男の人とはちょっと付き合えない。友達とかじゃダメ?」

「嫌だ」

「……嫌って。とりあえず、僕は怜治くんのことよく知らないから、もう少し君のことが知りたいな」

 駄々っ子のような彼に小さくため息をつきつつ、窺うように顔を覗けば、ふいに困ったみたいな表情を浮かべ顔をそらされた。

「知ったら好きになるか?」

「わからない、けど。知らないよりいいよね?」

「……じゃあ、これから俺のことに興味持てよ」

「う、うん。努力する」

 興味くらいなら持てそうだ。怖いばかりじゃなくて、怜治くんは結構年相応なところもあるし、嫌いではない気がした。
 いや、元々苦手なだけで嫌いではないけれど。

「ところで怜治くん。君の家ってそっち系?」

「……まあ」

 気まずそうに再び視線をそらされたが、僕の視線の先では先ほどから強面のお兄さんたちが数人ウロウロしている。
 このドデカい家と黒塗りベンツの正体がやっとわかった。

「なるほど、神野組ね」

 怜治くんの独特のオーラはここから来ていたのか。通りで名字を呼ばれるのが嫌なわけだ。それにあまり僕には知られたくなかったのだろう、怜治くんは酷く苦々しい表情を浮かべていた。
 そして僕はというと、堂々たる佇まいを見せる玄関横に掲げられた名に、軽く目眩を覚えてしまった。

「にゃぁう」

「ん?」

 けれどそんな中、小さく鳴いたオオクラさんは僕らを見つめ、目を細めると、くるりと身を翻し石畳の先にある玄関へと歩いて行った。

「なんていうか、飼い主思いな猫だねオオクラさんは」

「は?」

 優雅なオオクラさんの後ろ姿と、訝しげに首を傾げた怜治くんの表情に、僕は思わず声を上げて笑ってしまった。

[君との出会い/end]