末候*鶏始乳(にわとりはじめてとやにつく)
もうすぐ一年が巡る。 朱嶺に出会って、春夏秋冬と季節をまたいだ。最初の頃は、まったく信じていなかった、妖怪たちの存在がいつしか日常に変わった。「暁治さんはお料理が上手ねぇ」「ああ、まあ、だいぶ慣れました」 日がうっすらと昇る頃、台所では朝…
可惜夜に浮かれ烏と暁の月長編
次候*水沢腹堅(さわみずこおりつめる)
しゅんしゅんと、ストーブの上でやかんが湯気を立てるのは、冬らしくていい。マグカップに沸いた湯を注いだら、甘いコーンの香りが漂った。 居間のこたつで暁治はほう、と息をつく。 寒い冬に、コーンポタージュスープは身に染みる。少しだけ牛乳をプラス…
可惜夜に浮かれ烏と暁の月長編
初候*款冬華(ふきのはなさく)
一月も半ばを過ぎ、雪が降り積もる毎日。都会ではお目にかかることができない、銀世界だ。積雪は一メートル、あるとかないとか。 雪を掻いても掻いても終わらないが、寒さで冬ごもりしたくなる。 そんなことを考えながら、暁治は居間から見える庭を眺め、…
可惜夜に浮かれ烏と暁の月長編
末候*雉始雊(きじはじめてなく)
実のところ朱嶺たちも、すっかり忘れていたらしい。 わざとじゃないよ! と、瞳を潤ませながら謝ってきたので、暁治は少しばかりならと話を聞いてやることにした。「だからね、幽世で旅館やるのに、なにか売りを作ろっかってなってね――あ、はる。ここも…
可惜夜に浮かれ烏と暁の月長編
次候*水泉動(しみずあたたかをふくむ)
確かに旅行に行くのは了承した。 行き先も面倒だから相手に任せて、どこに行くのかも聞いてなかった。 自業自得といえば、それまでなのだが。「ほほぉ、そなたが婿殿とな」 真っ赤な顔に長い鼻。右手でつるりと顎をなでているのは、どこから見てもまごう…
可惜夜に浮かれ烏と暁の月長編
初候*芹乃栄(せりすなわちさかう)
お正月といえば、たこ揚げ、駒まわし。おせちと雑煮。初詣。 日本はクリスマスから年始にかけて、イベントが目白押しだ。最近はハロウィンも盛況である。 宮古家では暁治が、日本の妖怪どもがなにがハロウィンだと、イベント自体はしなかったのだが、かぼ…
可惜夜に浮かれ烏と暁の月長編
末候*雪下出麦(ゆきわたりてむぎいづる)
前振りもない、唐突な桜小路の言葉には驚かされた。あまりの勢いに呆気にとられたほどだ。しかし暁治の頭に浮かぶのは疑問符ばかりで、まったく要領を得なかった。「なんの話をしているんだ?」「月葉堂が宮古と契約を結んでもいいって」「え? あの有名画…
可惜夜に浮かれ烏と暁の月長編
次候*麋角解(おおしかのつのおつる)
冬休みに入り、いよいよ年の瀬と言った毎日。この町は大晦日から三ヶ日まで、ほぼ店が閉まるとのことだ。近所にある崎山さんの商店も例外ではなく、冬籠もりのための買い物をしなくてはならない。 人手は多ければ多いほどいい。というわけで、普段から暁治…
可惜夜に浮かれ烏と暁の月長編
初候*乃東生(なつかれくさしょうず)
二人でしっぽり温泉旅行、のはずが、なぜだか家族旅行にようになったあのあと。一人、留守番となった桜小路の家へ暁治は向かった。 同じく留守番になっていた、子猫の雪を迎えに行くためだ。 本当ならば、雪も幽世に連れてこられたらしいのだが、さすがに…
可惜夜に浮かれ烏と暁の月長編
末候*鱖魚群(さけのうおむらがる)
温泉とは、火山活動や地熱で温められたお湯が沸いた場所、あるいはそのお湯のこと。であるらしい。「わ~い、はる。貸し切りみたいだよ!」 先に戸口を潜った朱嶺は、はしゃいだ声を上げ、こっちだと暁治に手を振った。 目の前には湯口から、こんこんと温…
可惜夜に浮かれ烏と暁の月長編
次候*熊蟄穴(くまあなにこもる)
「いやいやいや、ちょっと待ってくれ。なんでお前が……て、夢の中!?」 暁治が慌てて周りを見てみると、周りはどことも知れぬ真っ白な空間。ぷかりと浮いたように二人して座り込んでいた。 目の前の朱嶺は、暁治のように動じもせず、徳利をこちらに差し出…
可惜夜に浮かれ烏と暁の月長編
初候*閉塞成冬(そらさむくふゆとなる)
窓を開けると、一面雪景色だった。「すごいな」 思わず感嘆の声が漏れる。祖父の故郷に来たときは、ところどころ雪が残っていたけれど、ここまで本格的な積雪を見たのは久しぶりである。「はるはるっ、こっちに露天風呂もあるよ!」 はしゃいだ声をあげる…
可惜夜に浮かれ烏と暁の月長編