末候*橘始黄(たちばなはじめてきばむ)
冬と言えばこたつ、こたつと言えばやはりみかん。と、誰が言い始めたのか。いつに増してこたつの恋しい季節になり、宮古家のこたつは近頃満員だ。 朱嶺にキイチに桃に桜小路。四つのスペースはすでに埋まっている。しかしすぐさま気づいた、朱嶺が自分の隣…
可惜夜に浮かれ烏と暁の月長編
次候*朔風払葉(きたかぜこのはをはらう)
もうあと数日で暦は十二月だ。それなのにどうして、こんなところにいるのだろうと、暁治はコートの襟を引き上げる。首をすぼめても、北風と――海風が冷たい。吹き付ける風は身に染みるほどだ。 この季節に海デート、などと考えるやつの気がしれない。そん…
可惜夜に浮かれ烏と暁の月長編
初候*虹蔵不見(にじかくれてみえず)
庭に立ち、遠くを見れば山の尾根が白くなっていた。もう季節は、秋から冬へと移り変わり始めている。頬を撫でる風も、昼だというのにひんやりしていて、陽射しがなければ身震いするほどだ。 先日、実家へ帰った妹から電話が来た。向こうはまだまだ秋だとい…
可惜夜に浮かれ烏と暁の月長編
末候*金盞香(きんせんかさく)
「なにがハーレムだって!? かぁさん、あなた娘にどういう教育をだね――え、繊細な受験生なんだから、たまには息抜きを? あれのどこが繊細だっ――そうじゃなくて――あぁっ、切られたっ!!」 ガシャンと、大きな音がして、暁治は思わず耳を塞いだ。彼…
可惜夜に浮かれ烏と暁の月長編
次候*地始凍(ちはじめてこおる)
「客?」 やって来た石蕗に言われて、暁治は小首を傾げる。心当たりがない。「まずは一人目を紹介しますね」「え、なんで一人目?」 開いた扉から外に声をかけた石蕗は、入ってきた人物を店内へ招いた。「郵便局員の林田さんです」「……どうも」 にこやか…
可惜夜に浮かれ烏と暁の月長編
初候*山茶始開(つばきはじめてひらく)
食事というものは、日常に則している。と、暁治は思う。 逆に遊びに出かけたりするようなイベントは、非日常だろう。となると外食は日常と非日常の間にあるのかもしれない。「ただいまっ、七番目の兄者! 僕いつもの食べたい」「ここではマスターと呼べ末…
可惜夜に浮かれ烏と暁の月長編
末候*楓蔦黄(もみじつたきばむ)
「おい、まだ着かないのか?」「もう少しだよ!」 そう請けあって、元気に坂道を登っていく朱嶺の背中を睨みつつ、暁治は彼に続いて重い足をまた一歩踏み出した。 ことの起こりはサツマイモ騒動のときのことだ。「はる! 見て見て!!」 七輪…
可惜夜に浮かれ烏と暁の月長編
次候*霎時施(こさめときどきふる)
しとしとしと。 朝から雨が降っていた。「この時期小雨が降るたびに、冬が近づくそうですよ」 いつも寛ぐ居間とは、廊下を挟んだ入り口側。元は祖父母の寝室だった場所を、暁治はアトリエとして使っていた。 反対側は縁側で日当たりもよく、オシャレなす…
可惜夜に浮かれ烏と暁の月長編
初候*霜始降(しもはじめてふる)
台風一過の翌日は、見事な秋晴れになった。 秋は台風の季節なのだが、ひとつ過ぎるたびに風が冷たさをまとう気がする。 久しぶりの休み、日課の庭を掃きながら、そんなことを思う暁治だ。 庭の落葉樹も色づいて、毎日のように庭掃除を促してくるのも趣深…
可惜夜に浮かれ烏と暁の月長編
末候*蟋蟀在戸(きりぎりすとにあり)
あなたはお兄ちゃんなるのよと、嬉しそうな両親を見て、嬉しさより先に覚えたのは、今から思えば寂しさだったように思う。 母親の産後の体調が悪くて、田舎にやられたときも、ずいぶん妹を恨んだものだ。体調が悪くなったのは妹のせいではないと、わかって…
可惜夜に浮かれ烏と暁の月長編
次候*菊花開(きくのはなひらく)
朱嶺の向かった先は幽冥界というらしいのだが、朱嶺のたどるルートはただの人間でしかない暁治は利用できない。「うつつと別の世の狭間には、緩衝材のような世界があって、そこから行くでござる」 暁治たちが暮らす世界、うつつと、それ以外にもいくつかの…
可惜夜に浮かれ烏と暁の月長編
初候*鴻雁来(こうがんきたる)
見上げると、空を群鳥が渡ってゆく。 この季節に飛ぶのは雁の群れだと、先日石蕗が教えてくれた。春に去って行った鳥が、つばめと入れ違いに戻ってくるのだ。 季節は夏から秋へ、そして冬に移り変わってゆく。光陰矢のごとし。一年も後少しで終わりだと思…
可惜夜に浮かれ烏と暁の月長編