長編

末候*金盞香(きんせんかさく)

「なにがハーレムだって!? かぁさん、あなた娘にどういう教育をだね――え、繊細な受験生なんだから、たまには息抜きを? あれのどこが繊細だっ――そうじゃなくて――あぁっ、切られたっ!!」 ガシャンと、大きな音がして、暁治は思わず耳を塞いだ。彼…

次候*地始凍(ちはじめてこおる)

「客?」 やって来た石蕗に言われて、暁治は小首を傾げる。心当たりがない。「まずは一人目を紹介しますね」「え、なんで一人目?」 開いた扉から外に声をかけた石蕗は、入ってきた人物を店内へ招いた。「郵便局員の林田さんです」「……どうも」 にこやか…

末候*楓蔦黄(もみじつたきばむ)

「おい、まだ着かないのか?」「もう少しだよ!」 そう請けあって、元気に坂道を登っていく朱嶺の背中を睨みつつ、暁治は彼に続いて重い足をまた一歩踏み出した。  ことの起こりはサツマイモ騒動のときのことだ。「はる! 見て見て!!」 七輪…

次候*霎時施(こさめときどきふる)

 しとしとしと。 朝から雨が降っていた。「この時期小雨が降るたびに、冬が近づくそうですよ」 いつも寛ぐ居間とは、廊下を挟んだ入り口側。元は祖父母の寝室だった場所を、暁治はアトリエとして使っていた。 反対側は縁側で日当たりもよく、オシャレなす…

初候*霜始降(しもはじめてふる)

 台風一過の翌日は、見事な秋晴れになった。 秋は台風の季節なのだが、ひとつ過ぎるたびに風が冷たさをまとう気がする。 久しぶりの休み、日課の庭を掃きながら、そんなことを思う暁治だ。 庭の落葉樹も色づいて、毎日のように庭掃除を促してくるのも趣深…

次候*菊花開(きくのはなひらく)

 朱嶺の向かった先は幽冥界というらしいのだが、朱嶺のたどるルートはただの人間でしかない暁治は利用できない。「うつつと別の世の狭間には、緩衝材のような世界があって、そこから行くでござる」 暁治たちが暮らす世界、うつつと、それ以外にもいくつかの…

初候*鴻雁来(こうがんきたる)

 見上げると、空を群鳥が渡ってゆく。 この季節に飛ぶのは雁の群れだと、先日石蕗が教えてくれた。春に去って行った鳥が、つばめと入れ違いに戻ってくるのだ。 季節は夏から秋へ、そして冬に移り変わってゆく。光陰矢のごとし。一年も後少しで終わりだと思…