長編

始まり14

 優哉が案内してくれる場所は少し移動したところにあるようだ。しばらく電車に揺られ、自宅マンションのある駅から三つ過ぎた場所で降りた。初めて降りるが、何度も通り過ぎたことのある駅だ。 改札を抜けて外に出ると、コーヒーショップやパン屋、スーパー…

始まり13

 ショールームで家具をそれぞれ見て回り、買い物をし終わった頃にはお昼時を過ぎて十四時近くになっていた。だいぶ遅くなったが、昼ご飯はどうしようかなんて話ながら外を歩いて、なに気なく通りかかったラーメン屋で二人とも足を止めた。 人気のある店なの…

始まり12

 目的の場所は電車に揺られて三十分、駅からは徒歩十分と少しくらいだろうか。のんびり二人で話をしながら移動する、なに気ないそんな時間が嬉しくてずっと僕の顔は緩みっぱなしだ。 相変わらず人目を引く優哉は色んな視線を振り返らせていたけれど、僕が不…

始まり11

 優哉が帰ってきて二人で暮らすようになり、気づけばひと月以上が過ぎてもう少しで十一月になる。帰ってきてからも最初の話通り、優哉は向こうの実家と日本を何度か行ったり来たりして、傍にいないことも多くあった。 思ったよりも一人きりの時間が増えて寂…

末候*水始涸(みずはじめてかる)

 休日の朝に早起きをすることが、随分と暁治の中で定着してきた。朝のラジオ体操に、一週間分の掃除、洗濯。早く起きなければ、自分の時間が取れない。もはや早く起きるのは必然と言っていい。 今日は以前、米を分けてくれた先輩教師の田中の実家で、稲刈り…

末候*玄鳥去(つばめさる)

 春にピィピィと、家の軒下で鳴いていたつばめの声が聞こえなくなって、どれくらい経つだろう。 そのうち親と同じ姿になった子供たちを見かけるようになり、今日久しぶりに箒を片手に玄関に出た暁治は、彼らがいなくなっているのを知った。 玄関の掃除は朱…

次候*鶺鴒鳴(せきれいなく)

「え、そんなのガーッて行っちゃえばよかったんじゃないですかね」「……お前なぁ」 放課後、部活動、美術教室。目の前にはさらさらとキャンバスに木炭を走らせている石蕗。いつもなら他にも美術部員がいるのだが、たまたま用が重なったとかで、今日の部活は…

初候*草露白(くさのつゆしろし)

 学校を卒業して、残念なことのひとつは、やはり長い休みがないことだろう。 思いがけず、学生時代に取った資格のおかげで、臨時とはいえ教師という職業に就いて数ヶ月。昔は先生なんて、生徒と遊んで一緒に休みが取れていい職業だと思っていたのだが、実の…