短編

独り占め

 いつも一足先へ進んでしまう彼の背中を見て、酷く苛々としたもどかしい感情を抱いていた。追いかけて手を伸ばしても、その手を取ることなく笑って走り出してしまう彼。 自由奔放と言えば聞こえはいいが、いつでも彼は気まぐれだ。 たまにやって来てはうち…

恋の行方

 遠慮なくのし掛かっているにもかかわらず、俺に気を使っているのか瀬名はゆっくりとした足取りで歩く。しかし納得はしていないのはよくわかる。やけにため息が多い。「最近、俺の扱いが酷くないっすか? 他の奴らに比べて言い方が冷たいし、名前も呼んでく…

許せないこと

 唇に触れた感触と、更に身体を抱き寄せようとする力を感じた瞬間、一気に全身が粟立ち背筋が冷えた。反射的に振り上げた俺の手がぶれることなく瀬名の頬に打ちつけられ、静まり返った空間に乾いた音が響き渡った。「最悪」「あ……ちょ、渉さん待った」 突…

消えない記憶

 大きな音を立てて椅子から転げ落ちた城川に、思わず肩をすくめため息をついてしまう。散々なことをしてきた割に肝が小さすぎる。こちらの方がよほど恐ろしい目にあっているというのに、仕返してやる気も失せると言うものだ。「まだ確認したいことあったのに…

事情聴取

 変装することで違う人物に成りきれてしまう、ちょっとした二重人格的なものだったのか。いきなり存在感が希薄し、大人しくなった城川に拍子抜けしてしまった。人間変わる時は随分と変わるものだ。瀬名に言われなければ、俺は永遠に気づかなかっただろう。「…

救世主

 裏路地から通りへ顔を出せば、道端で音を響かせていた携帯電話の着信が止んだ。しかしその音とは別の方向から、俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。「渉さんっ」 忙しない足音に振り向けば、酷く慌てた様子で瀬名がこちらへ向かって来た。けれど俺は後ろから伸び…

ストーカー

 掴まれた手を解こうともう片方の手を上げかけ、その手に携帯電話を握ったままだったことに気がついた。しかし無意識に開いてしまった手のひらから、それが滑り落ちる。 携帯電話が地面に鈍い音を立てて転がった。「……誰」「本当に覚えてないんだ。やっぱ…

帰り道

 毎日通り過ぎている駅でも利用したことがなければそこは全く見慣れない場所であり、全く使い慣れない場所だ。そして人間、そんな慣れないことはするべきではないと思った。本来の出口とは別の改札を抜けてしまい、俺は薄暗い線路脇の道を見つめながら肩をす…

好きでよかった

 会社内外でウロウロされるだけならまだしも、人の私生活にまで踏み込んでくるようなら、本気で考えるしかない。手元の写真を眺めながら、俺はため息交じりに軽く髪をかきあげた。瀬名はやたらと気にしていたが、正直自分としてはよくあることだと高を括って…

見知らぬ写真

 詰め込まれていた人が一斉に店先の道路へ広がり、溢れ出した。急に現れた集団に道行く人達はひどく迷惑げだ。「あっれ、月島くん帰るの?」 幹事役のスタッフだろうか。皆とは逆方向へ足を進めた俺に、少し慌てた表情を浮かべて駆け寄ってくる。「んー、み…

大嫌い

 無理やり戸塚の身体から俺を引き剥がすかのように、ものすごい勢いで腕を後ろに引っ張られた。そして半ば引き摺り上げられるような形で俺の身体が浮く。「いっ、痛いんだけど、なに……ってか君、何様」 あまりの痛みに、腕を掴んでいるその手を振り返った…

断れないお願い

 賑やかな喧騒。道を窮屈そうに通り過ぎる人の群れ。 珍しく健全な繁華街を歩いた気がする。普段は煌びやかな光や色のきついネオンばかり見ているので、正直言ってここは自分に場違いな気がした。「面倒くさいなぁ。いっそ帰ってもバレないよねぇ」 顔を持…