ふたりの時間03
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 僕から視線をそらさずにさり気なく眼鏡を外した藤堂の指先を見ていたら、ふっと目の前の口角が持ち上がった。それに気がつき慌てて視線を上へ向ければ、目が合う前に唇を塞がれてしまう。

「ぅんっ……」

 構える間もなく深い口づけで攻められると残念なくらい僕に抵抗の余地はなく、ゆるゆると力が抜けていく自分の身体が情けない。

「やめるなら、いまですよ」

「嫌だ」

 ぎゅっと藤堂の首元に抱きつくが真っ直ぐとこちらを見る目に捕まれば、再びその力はあっという間に抜けてしまう。どこかまだためらいがある自分を見透かされているのがひどく恥ずかしくて、さらに濡れた唇を優しく拭われれば肩が震えた。
 至極優しく微笑む藤堂の指先は戸惑う僕をよそにTシャツを捲り上げると、緊張で強張った肌をなぞるかのようにして這う。ほんの少し自分より体温が低い藤堂の手はひんやりとしていて、直に触れられるだけで身体が無意識に跳ねる。

「ぁ……んっ」

 真っ平らな胸の先をふいに生温い感触がよぎり、心臓が忙しなく動きだす。身を捩れば舌先で触れられていたものに唇がきつく吸い付き、濡れた感触と共に小さなリップ音がした。そしてもう片方を指先で捏ねるように摘まれ、優しく押し潰された。胸を這う唇と舌の感触が、むず痒いようなくすぐったいような感覚で言葉にならない。

「藤堂、待った。待って!」

 たまらず藤堂の腕から逃げ出し枕に顔を埋めたが、こちらを覗き込む視線はやんわりと細められ、逃げた分だけ背後から引き戻されてしまう。

「嫌ですか?」

「違う、けど……んっ」

 すっかり背後を取られ、無防備に晒されたうなじにチクリとした疼きを感じる。再び今度は両方いっぺんに胸の先を摘ままれて、指先で弄ばれると思わずぎゅっと目をつむってしまった。むず痒さが身体を震わす。

「はっ、んっ」

「弱いとこが多いですね」

「……耳、はだめだ」

 首筋からゆるりと移動した藤堂の唇がふいに耳たぶを食んで思いっきり身体が跳ねた。さらにフチをなぞるように耳に舌を這わされて、甲高い声が薄く開いた口から漏れてしまう。それと共に藤堂の小さな笑い声が背後から聞こえ、顔どころか身体中が熱い。

「佐樹さん、可愛い。腕、上げて」

「え? ちょ、こっちばっか……ず、るい」

 羞恥で身悶えている隙に、藤堂は器用に僕の身ぐるみをはぎ取っていく。しかし文句を言っているそばから背中にキスをされて舌を這わせられ、また変な声をあげそうになってしまった。薄っぺらくて、ちっとも触り心地が良くなさそうな僕の身体を、見ているのが恥ずかしくなるくらい愛おしげに触れて口づける藤堂に頭がくらりとする。

「なぁ、藤堂も脱いで」

 裸に剥かれた自分とは異なりまったく着衣の乱れがない藤堂の涼しい顔が、ちょっとだけ腹立たしい。けれど恨めしげに振り向けば不思議そうに小さく首を傾げて僕を見下ろす。

「こっちは心臓が口から出そうなのに、その余裕っぷりがムカつく」

「俺はそんなに余裕そうに見えますか?」

「……な、なんだよ!」

 苦笑いを浮かべた藤堂に容易く身体をひっくり返されてとっさに身を縮めるが、両手首を掴まれ下半身を抑え込むよう跨がられてしまうと身動きがとれない。
 身構えながら訝しく目の前の顔を見つめれば、藤堂はおもむろにTシャツを脱ぎ捨て僕の片手を持ち上げた。

「全然余裕じゃないですよ。佐樹さんにこうして触れてるだけでも、どうにかなりそう」

「……あ」

 左胸で脈打つ藤堂の心臓がびっくりするほど早くて、冷静な表情の裏側が見えたみたいで自分の胸もぎゅっとなった。
 そういえば藤堂はこういう男だった。仮面を被るのがうますぎていつも騙されてしまう。

「緊張してるのか?」

「してますよ」

「もっと触りたいって思う?」

「もちろん」

 そう言ってふわりと笑い、恭しく持ち上げた僕の指先に優しい口づけをされたら、本当にもう心臓が止まりそうになった。そして本当に自分はこの男が好きなのだと改めて実感する。恥ずかしさを押し隠すように腕を伸ばして強く抱きしめれば、それに応えるよう藤堂の腕が僕の背中をきつく抱き寄せてくれた。
 優しすぎて愛おしすぎるこの恋人に、自分のすべてを本当にあげることができたら、もっと気持ちが伝わるだろうか。

「……無理に我慢はしないでくださいね。俺は佐樹さんを抱きしめられるだけでも、本当に幸せだから」

 そっと額を合わせ微笑んだ藤堂から優しさがじんわりと染み渡ってきた。でもそれが嬉しく思うのに、自分が藤堂にその優しさを返すためにはいくら言葉にしても全然足りない気がした。

「我慢なんてしてない。僕はお前が触れてくれるだけで、傍にいるだけで幸せだ」

 だから本当に全部、自分の心ごとすべて――藤堂にあげられれば良いのにと思う。

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