01.Non Sugar?
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 もしも自分の好きな奴が自分の部屋で無防備に寝ていたとしたら、人として、男としてどれが正しい反応か。

一.起こさぬよう静かに見守る

二.風邪を引かせては可哀想だから起こしてやる

三.据え膳を食わないのは男じゃない

 答えは――三、ではなく。

四.触らぬ神に祟りなし

 確かに据え膳は惜しいが、この一見大人しそうな男は寝起きがひたすら悪い。しかも何気にチクチクとした小言を言うので、目を覚ましたら間違いなくテーブルの上に放置されたノートと教科書を見て、なにかしらの文句を言うだろう。
 とりあえず下手に起こしても面倒なので、すっかり寝入ったその顔を横目に、俺はさして面白くもないお笑い番組を観ることを選んだ。

「にしても爆睡し過ぎだろ」

 しかしあいつがベッドサイドにもたれて、うつらうつらし始めたのはかれこれ四十分程前。
 辛うじて指先に留まっていた教科書が、ついにその先から離れあいつの身体から滑り落ちた。バサリと静かな部屋に少し重たい音が響くけれど、ぴくりとも動かない。

「あんまり寝てっと、襲うぞこら」

 起きられてもうるさいと、放って置いたのは確かに自分だ。とはいえ、いつまでもこうして自分が放置されているのは、俺の性格上たまらなく癪に障る。

「……」

 悪戯心でこっそりと傍に近寄ってみるが、相変わらず変化はなくあまり面白くない。覗き込んだ顔は普段と変わらず、整った綺麗な顔立ちをしている。いびきでもかいていれば笑いのネタにしてやるところだが、寝ている間まで一分の隙もない。

「ったく、寝てる間まで王子様かよ」

 この男をそう呼ぶ女は多く、まさに見た目の良さに騙されているとしか言いようがない。別にそれに見合う優しさがないとは言わないが、本物のこいつは短気で怒りっぽいし、他人にまるで興味がない。

「だからと言って、俺を放置するのは許さねぇぞ」

 こうなったらどこで起きるか試してみたくなった。鼻先にかかる眼鏡をそっと両手で抜き取り、俺は微かな寝息を立てる唇に自分のそれを近づけた。

「……なにをしてる」

 その瞬間、ぴくりと動いた瞼がゆっくりと持ち上げられた。こちらをじっと見つめる目は、眼鏡を取り上げてしまったためか、間近に迫った俺の顔にピントを合わせるよう細められる。

「さっきまで全然起きなかったくせに、なにいきなり起きてんだよ」

「お前の邪念を感じた」

「狸かよ」

 良すぎるタイミングに寝たフリでもしていたのかと、訝しく思いながら眉間にしわを寄せる顔を凝視してしまう。けれどいまだ寝ぼけているのか、重たそうな瞼を何度も瞬かせていた。
 いつも隙のない雰囲気を醸し出しているくせに、こいつは思考回路が正常に繋がるまでのその間だけは完全に無防備だ。

「峰岸、もう終わったのか」

「……なぁ、優哉」

 とりあえずそれが完全に繋がる前に、こいつの気をそらしてしまおうと、俺は胡座をかいた優哉の足の上に向かい合うよう乗り上げた。

「重い、退け」

「嘘つけ、そんなに重くないだろ」

 人の身体を無遠慮に押し退けて、起き上がろうとした身体を逆に俺が押し戻して乗りかかる。すると寝起きの不機嫌さにプラスされ、さらにご機嫌斜めな表情を浮かべた。

「お前な、俺が言ったところだけしかやってない。試験の範囲はここだけじゃないぞ」

「……」

 その不機嫌の矛先は企み虚しく、俺の背中越しにあるテーブルへと向いた。そして腕を伸ばした優哉は案の定、予想通りの反応を示した。開かれた教科書はこいつが起きていた時からページがまったく進んでなく、ノートもそれとほぼ同様だ。

「寝るお前が悪い」

「開き直るな。人がせっかく時間を割いて来てるんだ、真面目にやれ」

 眉間にしわを刻む優哉は、人の後頭部を容赦なく薄っぺらなノートで叩く。いよいよ脳みそが正常に機能し始めたようだ。

「真面目もなにも、肝心のお前が寝てちゃ、勉強になんないだろ?」

 しかし俺が不満をアピールして口を曲げると、言葉に詰まったのかふいに優哉は眉をひそめた。けれどこいつはその程度のことで簡単に怯む男じゃない。
 思わず優哉のその表情に俺が鼻先で笑ってしまった瞬間、今度は思いきりよく頭を手のひらで叩かれた。

「……だったらもっと早く起こせ」

「いてぇよ」

「うるさい、やる気がないなら帰るからな」

「帰るなよ」

 思考は戻ったようだがいまだ寝起きのだるさが残っているのだろう。見るからに苛々しているらしい優哉に先程より強く身体を押し戻される。けれどそれを阻むよう俺は目の前にある首へ腕を絡めた。

「試験勉強しないなら帰る」

「たまには良いだろ。お前、最近俺を放置し過ぎだ」

「……」

「なんだ、自覚あったのか」

 急に押し黙った優哉の顔を真正面から捉え、俺は沸き上がってきた高揚感に口角を上げた。
 なにか言い澱んでいるその表情は、自分にある非を感じている証拠だ。とは言っても簡単にそれを謝るだなんて、そんな可愛いことをしてくれる男ではないのは、百も承知。

「たまには俺を構え」

 眉をひそめて嫌そうな顔をしている優哉を無視し、俺は引き結ばれた薄い唇に口づけた。

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