何から何まで世話を焼き、部屋を勝手に出入り出来てしまう、勝手知ったる間柄。けれど紺野さんが僕を意識してくれない限り、甘い関係になることは高い確率でない。
それは風呂に一緒に入ってる時点で一目瞭然だ。
多分きっと紺野さんは、僕のことを本当に拾って来た、野良猫くらいにしか思っていないのだと思う。
でも――少しは振り返って欲しいと思う恋心が、いつも悪あがきをしてしまうのだ。
「あー、紺野さんだけずるい。僕のフルーツオレは?」
遅れて脱衣場に出ると、すっかり着替え終わった紺野さんは、優雅に椅子に座り新聞を読んでいた。その片手には銭湯で馴染みの瓶入りミルクコーヒー。
そそくさと、タオルで水気を拭いてそれを腰に巻くと、僕は新聞に視線を落としている紺野さんの傍へ寄る。そしてその視界を遮るように、顔を覗き込んだ。
「ん、すっきり綺麗になったねぇ。うん、満足」
伸びっぱなしのボサボサな髪も、ちゃんと整えさえすれば充分だ。無精ひげも綺麗に剃って、僕の良く知る白い肌が際立つ美人さんに、やっと戻った。
紺野さんは元が良いから、無精ひげくらいはあっても、ワイルドな雰囲気で、それはそれで悪くないのだけど。
あくまでもお洒落に生えていればの話。これだけの恵まれた容姿を持っていながら、本当に勿体ない人だ。
「ミハネ、邪魔」
僕の考えていることは、お見通しなのだろうか。あからさまに眉間に皺を寄せた紺野さんの手が、僕の横っ面を無理やり押しのける。
「いてっ」
そんな彼の手荒い扱いに、僕は大袈裟なくらい痛がって見せるが、本当は全く痛くも痒くもない。
けれどふいに力が抜けた紺野さんの手に、自然と口の端が緩んだ。
「紺野さん」
「……」
「好き」
小さく呟いた僕の言葉を聞きながら、ひどく面倒臭そうな表情を浮かべる紺野さん。けれど僕はにんまりと満面の笑みを返すと、相変わらず無口な彼の口元に唇を寄せた。
「ご馳走さま」
何度こうしてキスをしても、頑なに目を閉じない紺野さんの態度が、なぜかおかしくて仕方がない。じっと僕を見る目が逆にドキドキする。
こんな時、人の心の中が見えたら良いのにと思う。彼は一体なにを思っているんだろうか。
「おー、ミハネくん。風呂上がったか? ほれ、群青先生から預かってるぞ」
「ん? あっ、フルーツオレ」
ふいに背後から聞こえた声に振り返れば、見慣れた銭湯のおじさんが、番台で冷蔵ケースを指さしていた。
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