背伸びをして、目盛りを下ろしたのはいいが、これでは肝心の数字が見えない。仕方なしにちらりと、近くにいる紺野さんに目配せをしてみた。
しかし一瞬あった視線をふいとそらされる。
「紺野さん、無視しないでこれ見てよ」
めげずに身振り手振りで頭上を示せば、いつものように面倒臭げな表情を浮かべながら、紺野さんは新聞を畳みゆっくりと立ち上がる。
そして僕に歩み寄ると、徐に目盛りを掴み更に僕の頭上へ落とす。
「ちょっ、なんて地味な嫌がらせ。痛いってば」
小さなプラスチックが、遠慮なしに脳天に当たり、軽く星が飛んだ気がする。
「……七十二」
「ん? 今なんて言ったの。七十二? ってことは、もしかして五センチ伸びた?」
「どっちにしろ、小さいことには変わりないけどな」
「いやいや、平均でしょ」
少し小馬鹿にしたような視線が落ちてくるけれど、これは紺野さんの背が高いだけの話。間違いなく紺野さんと僕では十センチ違うのだから仕方ない。
「でもまだ伸びそうな気がするんだよなぁ」
「あんまりデカくなっても可愛くねぇよ」
「……縮む方法ってあると思う?」
「知るか」
呆れたような、冷ややかな眼差しが振り注ぐ。
けれどこちらは大真面目だ。意外にも可愛いもの好きな紺野さんが、可愛くないと言ったら、それは本当に彼の範疇外になってしまう。
元が全体的に平均値である僕は、お世辞にも可愛いとも、見目が良いとも言い難い。
「あ、ちょっと待って。置いてかないでよ」
ひとり悩んでいると、いつの間にか紺野さんはさっさと靴を履き、出て行こうとしていた。
「ホントつれないなぁ」
ぴしゃりと閉まった戸を見つめながら、思わずため息がこぼれてしまう。しかしもう慣れっこなので、そんなにショックではない。
「でも先生はミハネくんが好きだよ。あんなに喜怒哀楽がはっきりしてるのは珍しい」
「ふーん」
ぽつりと呟く斉藤さんに僕は首を捻った。
あれで喜怒哀楽があると言われるとは、今までどれだけ能面だったのだろう。笑った顔なんて滅多に見られないのに。
「ミハネくんは、先生に会う前のこと思い出したら、どうするんだい? よく記憶喪失って、記憶が戻ると今を忘れちゃうって言うけど」
「僕はこのままで良いけどな。きっと良いことがなかったから忘れたんだよ」
僕は記憶をどこかに置き忘れてきたらしい。だけど、今がなくなるくらいなら本当の自分はいらない。
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