その瞳に溺れる01
遊ぶ相手は男だろうが女だろうが構わない。見た目がそれなりに良くて、後腐れなく遊べるなら誰でもいい。ただし一回寝たやつと二度寝ることはない。遊びは一夜、それは必ずだ。束縛されるなんてことはごめんだからな。
連絡先を交換なんて絶対にしない。興味もない相手に時間を取られたくない。その日その夜、一晩だけ楽しければそれでいいと思う。
しかしずっとそんなことを繰り返して、それでいいと思ってきたはずなのに、ある日を境に生活が一変した。時間ができれば、夜の街へ遊び歩いていた自分がいそいそと、一人の男の元へ通うようになるなんて、数ヶ月前の俺に言っても信用されないだろう。
「九竜さんっ」
「ん?」
「……も、もう無理、無理ですっ」
「竜也のここはまだ元気だぞ」
「あっ」
しなやかな細い身体。色白で染み一つない、なめらかな陶磁器みたいな艶やかな肌。涙を浮かべる瞳は、欲に溺れても清廉さを保っているが、こちらはその目を見ているだけでゾクゾクとする。
どうやってさらに泣かせてやろうかと思ってしまうので、彼からしたらたまったものではないのだろう。いまも散々イかされて、シーツにしがみつくのが精一杯になっている状況で、追い詰められている。
「竜也のもう無理はおかしくなっちゃうから、もう無理なんだろ? 俺はその可愛い竜也を見たいんだけどな」
「酷い、九竜さん、意地悪だっ……あぁっ、んっ」
ぽってりとした厚い唇から、こぼれる声は甘くていつも縋りついてくるようだ。しかしこちらへ向いていた顔が、枕に埋められてしまい声がくぐもる。けれど小さな尻を鷲掴み、奥まで突き入れれば何度も声はこぼれてきた。
いやいやと言うけれど、基本的に快楽には従順だ。そしてそれを与えられることが嫌いではない。ただ我を忘れてしまうのが怖い、という可愛い言い訳があるだけ。
「もうっ、……九竜さん、身体目当てですかっ」
「なんだ、それは」
思いがけない単語に首を傾げると、再びこちらを振り向いた竜也は、少しふて腐れたみたいに口を尖らせる。その表情はあどけなさがあって、ひどく可愛いが先ほどの言葉は聞き流せない。会えば必ず組み敷くが、それだけではないつもりだ。
「だっていっつも、こんなにいっぱいっ。もっと、お話とか、したいです」
「セックス以外にもたくさんしてるだろう。あんたのおねだり聞いてディナーもランチも、ショッピングもドライブだって」
「じゃ、じゃあっ、今度は、……映画、観に行きたいです」
「いいぞ」
しつこい俺のセックスに応える代わりに、いつもこれまた可愛い条件を付けてくる。その場所や行動自体には大して興味はないが、竜也が喜んでいるの見るのが楽しいので、ほとんどのおねだりは聞いている。そもそもNOと言ったことは、これまで一度もない。
「絶対ですよ」
「もちろんだ」
「次の、土曜日」
「わかった。ならおねだりの前借り分、たっぷりもらっていいよな?」
「あっ、やぁっ、そ、そんなにしたらっ、すぐイっちゃ、うっ」
感じやすい素直な身体。言葉とは裏腹に、飲み込んだ熱を離すまいときつく締まる。自分でさらに受け入れるよう、腰を揺らしているのに気づいていないのがいやらしくて可愛い。引き寄せるように細い腰を掴むと、ビクリと身体が跳ねた。
「ぁっ、んぅっ……やっ、あっあぁっ、……九竜、さんっ」
「今度はなんだ?」
「はぁっんっ、う、後ろ、からじゃ、なくて、……前から、前からがいいです。寂しいです」
「竜也はこっちのほうが感じるだろ?」
「でもっ、九竜さんの、顔が見たいです」
「……仕方ないな」
「んっ」
ずるりと熱を引き抜けば肩が震える。すっかり銜え込むのにも慣れた、熟れた窄まりはいやらしくヒクついて、物足りなさそうに見えた。また奥まで突き入れたくなるが、腰を落とした身体を仰向けに転がせば、涙目に見つめられて口の端が持ち上がる。
じっと熱っぽい目で見つめてくる竜也は、甘えるみたいに両手を伸ばしてきた。それに誘われるように近づいて、薄く開いた唇を塞ぐと、首元に腕を絡めてくる。
「んんっ、……九竜さんっ」
「ん?」
「好き、好きです」
「ああ、俺もだ」
頬に口づけて、汗ばんだ髪の毛を梳いて撫でれば、嬉しそうにはにかむ。それがまた可愛くて、張り詰めたままだった熱を再び押し込むと、身体をのけ反らせて打ち震えた。従順な身体は次第に律動に合わせて腰を揺らす。
この身体を、もう数え切れないほど抱いてきたのに、まったく飽きることがない。それどころか毎日でもと、思ってしまうくらいにハマっている。甘い言葉を囁かれるだけで、喜んでしまう自分に自分でも驚いている。
「竜也、気持ちいいか?」
「ひ、ぁっ、ぁっ、いいっ、いいです。きもち、いいっ、……九竜さんっ、あっ」
「なんだ? もっとか? 素直に言えばもっと気持ち良くしてやるぞ」
「……あ、んっ、……も、もっと、してくだ、さいっ、あっあぁうっ、ぐちゃぐちゃにしてっ」
「お利口さん」
そのうちこの華奢な身体を壊しそうだと思うが、本人の無自覚なエロさは際限がない。感じすぎて髪を振り乱している、そんな姿まで美味そうに見えて、さらに理性を崩したくなる。涙や唾液で汚れた顔まで、可愛く見えるのだから大概だ。
「竜也」
「あっ、イクッ」
結局、いやいやしたあとにも三回くらいイかせて、足腰立たなくなった頃に開放した。疲れでうつらうつらしている、いとけない顔をしばらく見つめていると、視線に気づいたのか眠たそうな瞳がこちらを向いた。そして頼りない手が伸ばされる。
その手を掴んで唇に引き寄せると、きゅっと指先を握られた。
「シャワー、浴びるか?」
「いまは、いいです」
「水は?」
「……ください」
ベッドサイドに置いていたペッドボトルを掴むが、ウトウトしている竜也はいまにも落ちそうだ。手渡すのは諦めて、口に含んで口の中に流し込む。喉が上下して、飲み込んだのを確かめると、もう一度唇を寄せる。
「まだ飲むか?」
「もう大丈夫です」
「寝ていいぞ」
「九竜さん」
「なんだ?」
ベッドの縁に腰かける俺を、引き寄せようとする手は、指先にすらほとんど力が入っていなくて、短い爪で微かに引っかかれる程度だ。子猫のような仕草が可愛らしくて、しばらく見ていたい気分になったが、瞳が訴えかけてくるのには敵わない。
足元で丸まった毛布を引き寄せて、竜也の肩へかけてやると、その隣に横たわり、力ない身体を腕の中に抱き寄せる。するとすり寄るように、胸に顔を寄せてぴったりとくっついて来た。
「ベッド買い替えたほうがいいでしょうか」
「どうした急に」
「この小さいシングルベッドだと九竜さん窮屈ですよね」
「まあ、確かに。でもあんたを抱きしめていれば問題ない」
「……最近、引っ越ししようかな、なんて考えるんです」
少しばかり重たいため息をついて胸元にすり寄る、その理由も仕草も可愛すぎて口元がにやける。髪を梳いてつむじに口づけを落とせば、伸ばされた手に抱きつかれた。
この部屋は1LDKで決して狭くはない。一人暮らしならば十分すぎるほどで、在宅仕事で家にこもっている竜也には、丁度いいくらいだ。けれど部屋は一人暮らしを念頭に置いているから、二人で過ごすと少し不便な部分もある。
小さなベッドもそうだが、二人で食事をするダイニングテーブルも小さい。ソファもコンパクトで、並んで座るには窮屈だ。風呂に至っては3点ユニットバスなので、一緒に入ることも叶わない。
「とりあえず家具を買い替えるだけでも十分じゃないのか。好きなのを買ってやるぞ」
「……でも」
「なんなら俺の家に越してくるか?」
「えっ!」
「けどなにもない部屋だから一人で寂しくなるかもしれないけどな」
「……今度、九竜さんのお家に、行ってみたいです」
投げかけた言葉に、勢いよく顔を上げた竜也の瞳は、期待を含んでキラキラとしている。それを見るとやはりNO、という返事は浮かんでこない。そしてもう一つ、家に他人を入れたことがない、と言う俺の決めごとが覆される。
とは言えこれはすべてこの男に限ることなので、ほかの人間には適用されない。
「じゃあ、次に会う時にあんたの仕事が片付いてたらな」
「頑張って仕事します!」
「わりと竜也は仕事を詰め込む癖があるから、少しゆとりを持ったらどうだ?」
「一人だと仕事するくらいしかなくて」
「ならなにか生き物を飼ってみるとか」
「九竜さんはなにが好きですか?」
「俺はあんたがいればいいから、好きなものを選べばいい」
正直言えば生き物を飼って、意識がそちらへそれるのだって気に入らない。けれど仕事ずくめの竜也に余裕を与えるには、別なものに意識を持たせる必要がある。一人でいる時間も長いし、少しくらいは癒やされる時間はあったほうがいい。
だがいまは考え込む彼を抱き寄せて、自分にだけ意識が向くように口づけた。