優しい指先

 初めて訪れた伊上の家は、やはりと思える高層マンション。セキュリティがしっかりとしていそうな、コンシェルジュ付き。
 どれだけ豪奢な生活をしているのだろう、それを見た時はそう思った。けれど扉の向こうは、たとえるならシティホテル。

 窓から見える夜景が、綺麗だから――と言うわけではない。広いワンルームに、あるのはベッドとソファ。暖房が効いていて暖かくはあるけれど、まるで人が住んでいないような印象だ。

「寂しい部屋」

「寝に帰るだけだからね」

「彼女、呼べねぇな」

「呼んだことないよ」

「……あっ」

 ふいに後ろから抱きしめられて、驚く間もなく抱き上げられた。天希のほうが幾分身体は小さいこと確かだ。しかし六十キロ以上の重さを、よく軽々と持ち上げられるものだと、まじまじと彼を見つめた。
 するとその視線に伊上は微笑んで、抱きしめる腕の力を強くする。

「あまちゃんは身体が大きいわりに軽いよ」

「これでも筋肉はある!」

「うんうん、それはこれからじっくり確かめてあげる」

 子供をあやすような声音、だけれど――言葉には熱がこもっていた。
 乱雑に扱うことなく、天希をベッドに横たえて、伊上はコートやジャケットを脱いで近づいてくる。

 ここは自分も、と思うところだが、欲を浮かべた瞳に見つめられて身動きができない。マグロのように横たわっていると、ふっと笑みをこぼした彼が、またダウンジャケットのファスナーを引き下ろす。
 さらにはベルトに手をかけられて、天希は慌てて起き上がった。

「やめる?」

「ちげぇよ! 脱ぐ」

「男らしいね」

 ぽんぽんとアウターやシャツを脱いで、勢いでデニムまで脱いだ。その勢いに伊上は目を丸くするが、すぐに息を吐くように笑った。

「色気はあんまりないけど、あまちゃんらしくていいよ」

 ネクタイを外して、袖のカフスを外す。伊上はそんな仕草だけでも大人の色気を感じさせた。見下ろされるだけで、胸の音が早まる。
 無意識に視線を外すと、それが合図であったかのように、天希は再びベッドに横たえられた。

 身を屈めた伊上の唇が肌の上を滑る。時折噛みつかれて、天希は肩を跳ね上げた。初めての体験で、どんな反応をしていいのかもわからない。
 心許なく彼を見上げれば、なだめるみたいな優しいキスをされた。

「ふ、ぁっ……んっ」

 優しい口づけは少しずつ深くなる。招き入れるように唇を開いて、天希は伊上を受け入れる。何度しても、彼のキスは身体を溶かされる気分がした。
 ドロドロに溶けて、なくなってしまいそうで、自分を保つのが難しい。

「ぁっ」

 キスに酔いしれていると、胸の尖りを引っかかれる。少し前に与えられた疼きを思い出し、自身の欲が膨らんだのがわかった。
 きつく摘ままれ、ぐにぐにと押し潰されるだけで、天希の腰が艶めかしく揺れる。

「あまちゃん、ここ好きなんだ。可愛い。ここだけでイケるようにしてあげるよ」

「はぁっ、んっ……っ、そこば、っかり、したら、ぁっ」

 身体中に舌が這わされる。ぬめりを帯びたそれが熱くて、胸の尖りが痛くて――気持ちがいい。きつく摘まむばかりではない指先に、翻弄される。
 本当に言葉通り、そこだけでイカされそうで、天希は羞恥で顔が茹だりそうになった。

 それなのに赤く腫れてきた尖りに吸いつかれて、先を舌で撫でられるだけで、膨らんだ熱から蜜が溢れ出す。じわりと広がったものは、しとどに下着を濡らした。

「ほんとにイケたね。可愛い。もっと気持ち良くなろうか」

 ぐっと下着に指をかけられ、引き下ろされた。吐き出したばかりなのに、熱はまだ芯を持っていて、それを見た伊上が口の端を歪める。
 とっさに足を閉じようとした天希だが、そのあいだに身体を割り込まれた。

「あまちゃん、経験ある?」

「ねぇ、よ」

「そっか、じゃあうんと優しくするからね」

 脚を開かされて、尻の奥に指を這わされる。ますます顔を赤くする天希に対し、伊上はご馳走を前にした狼だ。舌なめずりして孔のフチを撫でてくる。
 いまにも突っ込まれそうな雰囲気だけれど、彼は身体を起こして天希から離れた。

「伊上?」

「ちゃんとゴムをつけないとね。初めてなのに乱暴にはしないから安心して」

 戻ってきた彼の手にはコンドームと、ローション。人差し指と中指にゴムをしてから、ローションを天希の腹の上にこぼす。
 冷たいかと思ったそれは、肌に触れるとじんわりと熱を持つ。

「痛かったら言って」

「痛いのか?」

「……痛くないようにする」

 笑みをこぼした伊上はちゅっとリップ音を立てて、天希の鼻先にキスをした。そしてゆっくりと指先で入り口を解していく。じわじわと広げられていく感触は、なんとも言葉にしようがない。
 それでももっとキツいと思っていたその行為は、次第に昂ぶりを招き寄せる。

「あまちゃん、もしかしてお尻をいじられるの、気持ちいい?」

「っ、んっ……う、るせぇ、言う、な馬鹿」

 なにかを探るように、身体の内側を弄られているだけ。それだけなのに天希の熱からは、とろとろと先走りがこぼれていた。
 指が出たり入ったりするたびに腰が揺れる。さらにはローションが粘る音が響いて、それをますます感じ取ってしまった。

「ぁ、ぁっ、……あっ、やっ、いが、みっ、待った! そこ、やっだ」

「気持ち良くない? ここ」

「ひぁっ、ダメ、だめだっ、そこされたら、……イクっ、出るっ」

「いいよ。出しちゃいな」

「やだっ、あっあっ、……んんっ」

「あまちゃん、イク時に声を我慢する癖があるね。今度はいい声、聞かせて」

「ひ、んっ」

 ずるりと、指を抜かれただけでも感じてしまった天希は、喉をのけ反らせる。しかし昂ぶった伊上のものを押し当てられて、目を見開いた。

「無理、入んねぇよ、それ」

「大丈夫、ちゃんと入るよ。ちょっとだけ横になって」

「こう、か?」

 言われるがままに体勢を変えて、天希はきゅっとシーツを握った。それでも後ろから抱きしめられて、怖い、と言う感情よりも胸の高鳴りのほうが大きくなる。

「いい?」

「……ぅん」

 ゆっくりと繋がる感覚。それは想像通り、息苦しさを覚えたけれど、首筋に落とされたキスに天希は口元をほころばせた。