二人のあいだにある小さなズレ
伊上の寝顔を見ているうちに、ウトウトしてしまったらしく、天希がまぶたを開くと目の前に彼の寝顔があった。
いつの間にやら布団に二人、横になっており、天希は伊上の腕の中だ。
優しく抱きしめてくれている伊上は、まだ眠っているのか、天希が目覚めたことに気づいている様子はない。
いつも少しの動作でも起きてしまうため、伊上の寝顔は非常に貴重だった。
(今日は眉間にしわ寄ってんな)
なにか心に引っかかるものがあるときは、寝顔に表れる。
安心して眠っている場合と落差があるので、天希は夜中に目を覚まし、確認する癖がついた気がした。
しかしそのたび起こしているような気もして、申し訳なさがある。
とはいえ眠りを妨げられても、伊上が不機嫌になるなどなく、むしろ天希がいるのを見て、安心した顔をする。
(大人だから、大人の世界だから、我慢しなくちゃいけないなにかが多いんだろうな。それとも俺が、なにか我慢させてるのか。俺は伊上から見たら、ほんと子供だよな)
すり寄るように胸元に潜り込めば、気づいた伊上は天希をぎゅっと抱き寄せる。
そっと額に口づけを落とされて、彼が目を覚ましたのがわかった。
「あまちゃん、どうしたの?」
「ん、いや……今日はなにか嫌なことあったか?」
「特に、ないなぁ」
「そっか」
明かりの少ない室内で、わずかに伊上が考え込むそぶりを見せたけれど、一瞬の間だった。
普段と変わらぬ声音で返事をされて、嘘をついているわけではないとわかる。
天希に言いたくない、知られたくない事柄はピタッと口を閉じて、貝になる人だと気づいていた。
それでも天希には気を許しているせいか、言い淀むとわずかに声に揺らぎが出る。
きっとほかの人ではわからない。ほんの少しの違和感だ。
「俺はあんたのことなら、なんでもわかりたい、知りたいって思っちゃうんだよなぁ」
「そう思うほど好きって意味でしょう? 僕だってあまちゃんのすべてを知りたいし、手に入れたいとも思う」
「ふぅん、そっか。これは普通の感情か。俺はあんたが全部初めてだからさ。よくわかんねぇんだよなぁ。恋心ってやつ?」
「可愛いこと言って、僕に襲われたいの?」
「へっ? ちが、ちょ……んっ」
思わず口からついて出た言葉が、伊上のなにかに触れたのか。
抱きしめてくれていた腕が、手が、天希を組み敷く。手首を大きな手で縫い止められ、降ってきたキスで口を塞がれた。
まっすぐに見つめてくる視線を感じて、天希が見つめ返すと、口づけはさらに深いものに変わる。
舌を絡め取ってすすり、口内をねっとりと愛撫されていく。
(ずるい。伊上にキスされると、考えてること全部吹っ飛ぶ)
観念して広い背中に腕を回そうとすれば、片方の手が離れて天希の体を撫でる。そしてそのままするりと下り、Tシャツの裾からすべり込んできた。
もうすっかり馴染んだ自分より少しだけ低い体温。
手のひらから伝わる熱に天希は安堵する。
「なあ、伊上、したくなった」
「可愛い。おねだりのときは?」
「紘一、気持ちいいこと、したい」
「お利口さんだね。気持ち良くしてあげる」
唾液の絡むキスを交わしながら、伊上の指先で胸の尖りをこねられる。
そこをいじられるのが好きな天希は、無意識に「もっと」とこぼしていた。
「きもち、ぃい。こーいち、舐めて」
「いいよ」
Tシャツをたくし上げられ、されるがままに体を任せると、手首の辺りに絡まった。
中途半端なTシャツを引き抜こうとして天希は身じろぐが、伊上の髪が胸元をくすぐり、胸の先に濡れた感触がした途端に諦める。
「んっ、っ……はあ、やっ、歯、立てんな」
「あまちゃんって、やだって言うことすると濡れるよね」
「ふぁっ」
伊上の膝頭に股間をぐりぐりと刺激されて、天希は自身のモノが熱を孕み、濡れそぼっている状況だと気づく。
グレーのスウェットはシミが目立つのだろう。
つーっと指先を滑らされ、天希はビクッと体を跳ねさせた。
「もしかしてあまちゃん、一人でしてないの?」
「……最近、忙しかった、から」
少しの刺激で呆気なく達してしまい、天希は顔から火が出る思いがした。
驚きの声で問われれば、ますます恥ずかしさが極まる。
「じゃあ、前回会った時からいじってないんだ」
「そう言うのは言わなくていいんだ。デリカシーないぞ」
「ごめんごめん」
「だから、すぐ、ほしぃ」
ふっと体から重みがなくなったのに気づき、天希はとっさに手を伸ばそうとした。
おそらく伊上はゴムなどを取りに行こうとしたのだろう。絡まるTシャツに翻弄され、もたもたしているとかすかに笑われる。
「またあまちゃんは」
「俺の、ポケット」
「なんでスウェットのポケットにローションが入ってるの?」
「へへ、準備がいいだろ?」
個包装のローションは伊上が帰ってくる前、部屋の片付けをしている際に、天希がポケットに入れておいた。
雪丸がいるから、と言いはしたが、こうなるのは予想済みだ。
会えば必ずしているし、天希は伊上と体を重ねるのが好きだった。
気持ちいいからだけではなく、彼を一番近くで感じられる行為だ。
「ゴムは用意してねぇの。だからそのまま」
「ほんと、あまちゃんは僕を駄目な大人にさせるのが得意だね」
「そんな俺が好きだろ?」
「はあ、もう……大好きだよ」
伊上はねだらなければゴムなしでなんて絶対しない。
ほかの相手ならねだられてもしないだろう。それもこれも天希だからこそだ。
わかっているからわざと天希は甘えて、彼を試している。
もちろん伊上も気づいていて、その甘えを受け入れている。
いくら天希に甘いとは言え、彼もノーと返事をする場合もあるのだ。
大概は遠回しにだけれど、天希は察しがいいほうなのですぐわかる。
「あっぁ……っ」
「さすがにちょっとキツいかな?」
「へ、平気だから」
天希が急かすのでいつもより早く、伊上のモノが奥へと押し込まれる。
少しばかり引きつった感じはあったものの、中に収まれば、天希は彼が腰を引かないように足を絡めた。
「こら、足癖が悪いな」
「だって、いま抜こうと、しただろ?」
ぺちぺちと太ももを手のひらで叩かれても、天希は口を尖らせ不服をあらわにする。
天希の幼い子供のような表情を見た伊上は、呆れた顔をしつつも、身を屈めて口づけをくれた。
「あまちゃんは可愛くて困るね」
「そう思うなら、早く可愛がってくれよ。……っん」
煽る天希の言葉に応え、ぐっとさらに奥まで押し込められたモノは、最奥をこじ開けようとしてくる。
しかしわずかに天希の体に力が入ると、すぐさま腰を引かれた。
「いきなり、は、ずるい」
「可愛がってあげようと思ったんだけどな」
「もっと、気持ちいいの、味わい、たい」
「どこを、どんな風に?」
ゆるく抽挿を繰り返されるが、決定的な場所へは刺激をくれない。
意地悪い伊上の行動に、天希はムッとした顔をして体を起こす。
そのまま目の前の体を押して体勢を入れ替え、天希は伊上に乗り上がった。
普段はあまり自分から彼に乗る真似はしないが、いまばかりは我慢がならなかったのだ。
体勢を変えた時に、抜け出てしまった伊上のモノを自分から受け入れ、天希は小さく声を漏らした。
「ん、あっ……デカくすんな」
「あまちゃんが悪いんでしょう? いい眺めだね」
ゆるゆると、腰を前後に振りながら文句を言う天希に、伊上はクスッと笑う。
さらには伸びてきた手が、太ももや尻、腰まで撫でていき、天希はゾクゾクとした感覚に震えた。
「動かないの?」
「う、動く、あんまり、触るな」
「注文が多いなぁ。……あまちゃんは、こっちのほうが動きやすいでしょう?」
「ふぁっ、んっ」
シーツに横たえていた体を、腹筋だけで起こした伊上は、そのまま天希の体を抱きしめてキスをする。
向かい合う形になり、自然と天希は腕を伸ばし、彼の首元に絡めた。
口先でちゅっちゅとリップ音が響き、与えられる口づけに酔いしれながら、天希は再びゆるりゆるりと腰を動かし始める。
(気持ちいい……奥、もっと、したい)
快感に集中し始めると、天希はキスが疎かになるが、伊上は気にせずに首筋や鎖骨を甘噛みしてきた。
肌に触れる彼のぬくもり、口づけ、すべてが感度を上げるスパイスみたいに感じる。
「こーいち、ここ、もっと……っ」
「はあ、可愛いね。可愛い声、もっと出していいよ?」
「ひぁっ、やっ、駄目だっ、すぐ……イクっ」
望む場所を堅く猛ったものでゴリゴリと擦られ、胸元へ顔を埋めた伊上に赤く尖った先っぽを撫でられた。
舌で丹念に舐られると、奥への刺激と併せ快感が倍増する。
嫌だと首を振る天希だが、気づけば伊上のアッシュグレーの髪に指を絡め、彼を腕に抱き込んでいた。
「あっ、ぁっ、いいっ、気持ちいい」
カクカクと刺激を求め揺らされる腰、じゅっと胸の先を吸い上げられた途端、天希の濡れそぼった昂ぶりから白濁があふれ出た。
「はっぁっ、ん……や、だめ、いま」
「僕はまだイってないよ?」
達してもなお、中を擦られて、溢れ出すものが止まらない。
溜まらずぎゅっと強く抱きつけば、体をシーツへ押し倒された。続けざまに脚を掴まれ、伊上のいいように律動が再開される。
「ぁ、あっ……また、イクっ、こーいちっ」
「気持ちいいね。あまちゃんの体はほんとにえっちだな。気持ちいいの全部拾っちゃうんだよね」
ローションを足されて、さらに滑りの良くなったそこをたっぷりと犯される。
ぐちゅぐちゅと水音が鳴るたび、天希の体はますます感度が良くなった。
「ひっ、ぁっ、とまんないっ」
「うんうん。気持ちいいでしょ?」
伊上はゆっくりと身を屈めて、涙をこぼしながら喘ぐ天希にキスをくれる。
そのあいだも中への刺激は続いていて、天希はなにも考えられなくなってきた。
「可愛いね。本当に、いつまで君は僕のものなんだろうか」
「……? なに? こーいちっ、んぁっ」
ぽつんと呟かれた伊上の言葉が頭に入ってこない。
追い打ちをかけるみたいに体を揺さぶられてしまえば、なにもかもわからなくなる。
それでもどこか寂しげな彼の瞳を見つめ、天希は「好き」の言葉を繰り返した。