その瞳に溺れる07
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 あんな場所で自分の弱い場所をさらして、イかされるなんて恥辱以外なにでもないと思うが、それだけで溜飲が下がるほど自分はお安くはできていない。もし少しでも遅れていたら、もし気づかぬままだったら、そう思うと腹立たしさが増す。
 誰が悪いなどと、そんな細かいことを言うつもりはない。ただすべてが悪い方向に噛み合っただけだ。けれどそれだけのことで、頭に血を上らせている自分にもいささか戸惑いを覚える。

「九竜さんっ、待って、待ってください! ごめんなさいっ」

「もうあんたのごめんなさいは聞き飽きた」

「……っ! あ、その、えっと」

 早々に店を引き上げて、後ろで必死に謝る声を無視して歩いた。けれど不安でたまらないのだろう竜也は、何度も言葉を繰り返す。それになおさら苛立ちを煽られた。
 道の途中で拾ったタクシーに押し込むと、怯えた目で見つめてくる。それでも黙って前を向いていれば、萎れたように俯いてしまった。これは八つ当たりに近い、それはわかっている。自分と一緒にいることで、気が抜けてしまったのだろうと言うのもわかっている。

 だからこれは竜也に対して怒りを感じているのではなく、ほかの男に容易く触れさせてしまった自分に対しての怒りだ。
 すっかり俯いてしまった横顔は、ぽつぽつと涙をこぼしている。泣かせたいわけではなかった。それにもまた苛立って、息を吐いたらそれにビクリと肩を震わせる。

「こっちへ来い」

 震える肩に手を伸ばせば、涙を溜めた瞳がこちらを窺うような色を見せる。手を滑らせて腰を掴むと、無理矢理に身体を引き寄せた。倒れ込むように腕の中に収まった竜也は、驚きに目を瞬かせている。
 さらに抱き寄せて柔らかな髪に口づければ、恐る恐ると言ったように手が伸びてきて背中へ回った。しがみつくみたいに抱きつかれて、髪を撫で梳いて額や目元へも口づけた。

「九竜さん、まだ、怒ってますか?」

「怒ってはいない。腹が立っているだけだ、自分に」

「不注意で、すみませんでした。少し浮かれすぎてました」

「いい、わかってる。もう謝らなくていい」

「嫌いに、ならないでください」

「心配しなくともなりはしない」

 そう簡単に嫌いになれるのなら、こんなに苛立ちはしない。やはり繋いでしまおうか、そんな考えが浮かんできて自分でも呆れてしまう。望めばきっと彼ならそれを受け入れる。大人しく家で帰りを待っていてくれるだろう。
 けれどそうしたら今日見た笑顔は見られなくなる。それを思うとそんな我慢はさせたくない。いつでも幸せそうに晴れやかに笑うあの顔が好きだ。

「着いたぞ」

「……ここ、どこ、ですか?」

「俺の家だ」

「えっ!」

 腕の中でウトウトしていた瞳が見開かれて、正直に輝く。跳ね起きて、わかりやす過ぎるくらいにそわそわとして、手を引いて下りれば、ますます表情が明るくなった。子供みたいに顔をそらして、マンションを見上げる姿には思わず笑ってしまった。

「すごい! タワーマンション」

「背が高いだけで普通のマンションだぞ」

「コンシェルジュ? がいるマンション初めてです。セレブな感じ」

 ようやく気分が持ち上がったのか、笑顔が戻ってくる。自分で泣かせておきながら、それにほっとしてしまった。興味津々な様子で、エントランスの中に視線を向けるその顔が幼くて可愛い。エレベーターが三基もある、なんてことにまで驚くそれがおかしかった。

「お邪魔します」

 部屋に着くと、警戒する犬猫みたいな反応でそろそろとあとを着いてくる。しかしリビングに続く扉を開けば、感嘆の声が上がり、目に見えない耳や尻尾が立ち上がっているように思えた。パタパタとスリッパを鳴らし、窓際に近づいていくその背中に口の端が持ち上がる。
 高層階から見える景色は隔てるものがなく、遠くまで夜空が繋がって見える。街明かりが眼下に見えてなかなかの夜景だと思う。この景色を見ながら酒を飲むのがわりと好きだ。

「お家に居ながらにして夜景が見られるなんて素敵ですね」

「ここへ越してくる気になったか?」

「えっ?」

「今日のことで、つくづくあんたを俺の元に繋ぎ止めておきたくなった」

「……九竜さん、……んっ」

 振り向いた顔に唇を寄せてキスを落とす。柔らかな唇を食むように口づければ、持ち上がった手がジャケットにしわを作る。さらに奥へと押し入り舌を絡め取ると、ピクンと小さく震えてその手は背中へ回される。

 いつもよりほんのり熱い口内。食らいつくようにキスを仕掛けたら、それに応えようと必死に舌を伸ばしてくる。いつまで経っても慣れない彼の拙さが、やけに愛おしい。

「ぁっ……」

 口の中をたっぷりと愛撫して、唇を離した頃には濡れた唇は赤く色づいて、色香が滲み始める。見上げてくる瞳には熱か浮かんで、その先を請うようにも見えた。細い首筋を手の平で撫でると、痕を残した場所にもう一度噛みつく。
 少しキツいくらいに歯を立てたが、鼻先から甘い声を漏らす。

「あんた、意外とMっ気があるよな」

「えっ、そ、そんなこと、ない、です」

「いまここ囓られて感じてただろう」

「……く、九竜さんがしてくれることは、全部、気持ち、いいです」

 恥ずかしそうに目を伏せて、とんでもないことを言い始める目の前の男に、めまいがする。こんな美味そうな据え膳を、食べ逃してなるものかと、少し感情が振り切れそうになった。おもむろに身体を抱き上げると、驚きに身を固くするが、構わず腕に収めたまま寝室へ足を向ける。
 そして突然のことに対応できていない可愛い男を、広いベッドに転がした。柔らかく沈むベッドの感触に、目を瞬かせて見上げてくる、そのどこかあどけない表情も、欲に溺れさせたくなる。

「えっ、九竜さんっ! 待って、あっ……」

 横たわる身体にまたがりデニムに手をかけると、小さな抵抗を無視して無理矢理に引き下ろす。細くて白い脚が室内の間接照明の中で、際立って見える。それに舌なめずりして、ニットの裾から手を忍ばせ、小さな尻を覆うボクサーパンツまで引き下ろした。
 慌てて抵抗するように脚を閉じるけれど、それも大した威力はない。簡単に脚からすり抜けたものは、デニムと一緒にベッドの下へ放る。

「待って、くだ、さい」

「残念だが待ってやれない」

「やっぱり怒ってるんですか?」

「いま俺が怒っているように見えるのか?」

「……ちょっと、怖いです」

「それはいまあんたが食いたくて仕方ないからだ」

 不安げに瞳を揺らす、それさえもそそられる。荒々しく唇を重ねて、太ももから手を滑らせて中心まで移動していく。怖い、そう言いながらも、素直な性格のままに正直な身体は反応を見せていた。
 手の平でじっくり撫でていけば、次第にそれは蜜をこぼし始める。それとともに小さな甘い声が、唇からこぼれ出す。扱くたびに腰がビクビクと震えて、声が切羽詰まったように短くなった。

「なんだ、もうイキそうなのか?」

「ご、ごめん、なさいっ」

「泣くほど気持ちがいいのか? こらえ性がないな」

「だって、ぞくぞく、して、我慢でき、ないっ、……ぁ、あぁんっ」

「あんたのそのいやらしくて可愛いところ好きだよ」

 溢れてくる蜜をたっぷりと塗り込めるように扱いて、その先の快感を誘うように溢れさせるそこを、指先でこじ開ける。すると甲高い嬌声が上がって、ビクンビクンと身体を震わせて果てた。視線を上げると肌まで赤く染まっているのがわかり、涙の浮かんだ艶っぽい目で見つめ返される。

 まっすぐな目に加虐心を煽られた。身体に力が入らないのをいいことに、少し乱雑に身ぐるみを剥ぎ取っていく。あらわになった美しい姿態は、ひどく艶めかしくて、濡れそぼった熱はいやらしく、ツンと立ち上がった胸の尖りは愛らしい。
 覆い被さるように身体を寄せると、肌を舌でたっぷり味わい、胸の尖りを指先で可愛がる。それだけでたまらないのか、焦れたように腰を揺らす姿は極上だ。

「んぅっ、く、りゅ、さんっ、……そこだめっ、すぐ、イっちゃう」

「竜也は本当にここが弱いな」

 一番初めに教え込んだ性感帯。胸の尖りは酷くいじめてやると、すぐに達してしまう。さらに突っ込みながらそこをいじれば、締めつけがたまらなくて癖になる。けれどいまはそこだけでイかせてやろうと、口に含んで吸い上げた。

「んんっ……いや、いやっ、だめっ」

「そんなに嫌なのか? やめるか?」

「あ……、んっ、九竜さんので、イキたい、です。中に欲しいです。中が、寂しい」

「随分と可愛いおねだりだ。あとで嫌だなんて言っても聞かないからな」

 誘うような目で見上げてくる、それにガツンときた。今夜はこの身体を解放してやれそうもない。いまは飢えた獣になった気分だ。誘うように腕を伸ばされて溺れるようにのめり込んでいく。

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