長編

春の庭園と温室

 さすがに確認後すぐ、陛下の予定を空けるのは無理があるため、王宮に泊まっていくよう勧められたリトはその言葉に従った。 一度現実に戻ったら、王宮という非現実に尻込みするだろうと思えたからだ。 用意された部屋は分不相応、と言いそうになるくらい高…

初めての王宮

 運命の日、とも言える王宮へ招かれる日取りは、思っていたよりも早く決まった。 ハンナがすぐさま書簡を送ったのだが、驚くことに翌日には返事が来たのだ。 それから場を整えるのに時間はかかったものの、手紙を預かった七日後のいま、リトは王宮が用意し…

知らなかった事実

 白の騎士団の制服を着たダイトが共にいたので、宿屋に戻ると皆に心配されて、矢継ぎ早に事の子細を聞かれた。 代わりにダイトが落ち着いて説明してくれ、穏便に済んだけれど、すぐさまリトはハンナに浴室へ連れて行かれる。「りっちゃん、しっかり体を温め…

国王陛下の花嫁

 一つの目的であったタットとの予定合わせが済んだので、事務所をあとにしてリトは船着き場へ向かう。 王都民にとってここは散歩道でもあり、気分転換に運河沿いを歩く者が多い。朝日に照らされた水面が美しく、心が洗われる気がするからだろう。 建国当初…

祝祭が近づく船着き場

 宿屋から船着き場までは、目と鼻の先と言っていいかもしれない。二階の窓から船が出入りしている様子が遠目にわかるほどだ。 昼時になると宿泊者だけでなく、船着き場で働く者が食堂にやってくるのはそれゆえでもある。もちろんほかにも飲食できる店はある…

一目惚れと初恋?

 しばらくすると、数人の騎士が路地を抜けて現れた。鬼気迫った様子にリトは内心、口から心臓が飛び出しそうな気分であったが、彼らはリトを見ると驚きに目を見開いてから、じっと見つめてくる。 どう反応するのが正解かわからず、置物のように立っていると…

祝祭と冬の花

 小さな三十数人程度の村から王都へ出てきて、リトの世界は物理的にも精神的にも一気に広がった。 育った場所は過疎化した村――というよりも、本来は管理の行き届いた隣村へ移住しなければならないのに、そのまま居着いた者たちが暮らす集落だった。 人が…

獣人の国ロザハール

 獣人が治める国、ロザハールは大陸の南に位置する気候が穏やかな土地だ。 十二の国が居を構える大陸に大小流れる河川の一部が、王都の西部を横断し運河として切り拓かれているので、商船が停泊できるほどの船着き場がある。 様々な人がやってくる船着き場…

第三幕

 目が覚めると、部屋には暁治一人だった。時刻はそろそろ明け方ごろだろうか。布団から手を出して、隣の窪みを触ると、まだ温かくてほっとする。 起きようとして、シーツに残る残り香に気づき、昨夜のことを思い出して一人悶えた。もしかして、と思う。まさ…

第二幕

「美味しかったぁ!」ぽんぽんっと、朱嶺はお腹をさするとそのまま横になる。テレビからは今夜が初登板だというシンガーソングライターが、最近有線でよく流れている曲を歌っていた。「お腹いっぱい。いつもお代わり言わないでも、これくらい食べれたらなぁ」…

第一幕

 縁側から見える庭には、雪が降っていた。 ほの暗い外の景色は、屋内の明かりに照らされて、手前だけぼんやりと明るく見える。  ちらちらと白い雪が舞う庭は、人気もなくわびしさが漂う。 暁治はしばらく白い景色を眺めていたが、やがてさてと振り向くと…