中編

独りぼっちの憂鬱

 突然図書館に現れた雪宮は、あれからたびたび来館するようになった。閲覧室で二人、仲良く読書をしているのをよく見かける。 賑やかな印象があったので、おしゃべりせずに黙って本を読んでいるのは、かなり意外性があった。 しかしさきほど閲覧室を覗いた…

彼の想い人

 サボテンのユキ――もしかしてくだんの人だろうか。名前にユキがつく人が、周りにそれほどいるとは思えない。だが中原の想い人が、同性だったのは意外だ。 目鼻立ちのはっきりした、可愛らしい顔立ちをしているけれど、声も体格も男性のもので、ボーイッシ…

急接近

 きっとあれは彼だけの秘密だったはずだ。大事に大事に、水やりをして育てているサボテン。 一度だけ根腐れを起こしそうになって、とても心配していたことがあった。その時は閲覧室で熱心に、植物の本を読んでいたの覚えている。「聞こえる声って、どのくら…

純粋な優しさ

 思いがけない場所で遭遇して、言葉を交わしてから、中原は図書館に訪れると必ず、天音に挨拶をしてくれるようになった。 なにか特別なことを話すわけではないけれど、いつしか彼は、天音の日常の中に溶け込み始めていた。「あれ? 遠藤くん、今日は眼鏡だ…

思いがけない出会い

「ねぇ、遠藤くん。今日はシフト十八時まで? これから時間ある?」 配架が終わり、事務所で作業していると、同僚の道江に声をかけられ、天音はキーボードを叩く手を止めた。「いつものですか?」「そうそう」「いいですよ。いま片付けます」 今日中に新着…

まっすぐな想い

 ――好き、好き、好きだよ ――お願い振り向いて 純粋で飾り気のない愛の言葉。 すっと心に染み込んできた声は、甘酸っぱい恋の香りがしそうな、ひどく心地の良い、優しい声音をしていた。こんなにも想いがこもった声を聞いたら、どんな人でも振り向いて…

恋は急上昇

 年が明けてから、幸司は真澄の住まいに引っ越しをした。 突然のことで、さすがに両親も弟妹も驚いていた。だが珍しく幸司が自分から言い出したことなので、自我の芽生えだと、最終的には手放しで喜ばれた。「真澄、あんまり幸司くんに迷惑をかけたら駄目だ…

二人分の約束

 ベッドが軋む音と、幸司の上擦った甘い声が響く。真澄にしがみついたまま、自ら激しく腰を揺らす姿は、セックスと言うより自慰のように見える。 それでも気持ち良さに飲み込まれた幸司は、自分を止めることができない。「かっわいいな、そんなにいいんだ?…

甘やかな時間

 ベッドへ行く前に、真澄は写真の貼られた壁を隠してくれた。自分に見られているのは、さすがに幸司でも気分が落ち着かない。 だがそれを聞いた彼が、全部剥がすと言い出したので、それだけは慌てて止めた。あの数を剥がしていては朝になる。「こうちゃん、…

求め合う気持ち

 幸司の肩口に顔を埋める真澄の肩が震えている。しばらく黙ったまま抱きしめ続けていると、泣いていると思っていた彼が、小さく笑った気配を感じた。 急な変化に幸司は首をひねるが、覗き込むと彼はぴたりと押し黙る。そして幸司を抱きしめる腕を強くした。…

大切な二文字

 しんとした空間に、幸司の泣き声だけが響いた。泣きすぎて呼吸の仕方もわからなくなり、ひきつけを起こしたみたいに声が震える。 目の前に立つ真澄は、そんな様子を見つめて、ただ立ちすくんでいた。「そんなに泣かないで。なにが駄目なの? なにがおかし…

あいだにある大きなズレ

 駅前でタクシーを拾い、半ば押し込めるように乗せられた。真澄が告げた行き先は、四つほど離れた駅だった。 思っていたよりも、近くに住んでいたことに驚かされる。 さらに言えば、そこは高級住宅地で、地価が高いことでも有名だ。ただの美容師にしては、…