中編

小さな嫉妬

 時刻ぴったりにカフェに着けば、人数の変更を伝えていたのか、それとも元より二人で予約していたのか、すんなりと席に通してもらえた。 しかしやはりおいしいケーキのあるカフェは、女性客がほとんどだ。いや、むしろそれしかいないと言ってもいい。 それ…

可愛い人

 棚の雑貨を眺めている志織の元へ戻ると、雄史は嬉々として紙袋を差し出す。「はい、プレゼントです」「……断る隙がないな」「あっ、ごめんなさい! 迷惑でしたか?」「いや、そんなことはない。ただ大したことしていないのに、悪いなと思ったんだ。でもあ…

プレゼント

 あれから仕事は定時きっかりに終わった。いや、終わらせた。 時刻が切り替わった瞬間に席を立ち、周りに挨拶を済ませるやいなや、雄史は会社を飛び出した。待ち合わせ時間には十分余裕があるのに、なぜだか気持ちが急いている。 駅までの道のり、メッセー…

高鳴る鼓動

 昨晩、長居したカフェを出たのは、閉店時刻の二十一時を三十分ほど過ぎた頃だ。 いくら彼の自宅が二階だとは言え、毎度毎度、遅くまで居座るのはどうかと思う。しかし自分でも言葉にしたとおり、いつも雄史はあそこへ行くと根っこが生える。 ひどく居心地…

デートの約束

 まっすぐに見つめ返されると、少しばかり照れくさくなる。そわそわとした気持ちになりながら、雄史は心を落ち着けるように小さく咳払いをした。 言葉を待っているのであろう志織は、そんな様子に小さく首を傾げる。「志織さん、もしかして一人っ子?」「え…

心の変化

 しばらく言い訳を探して雄史が黙っていると、こちらを向いていたブルーグレーの瞳がそれた。 だがその仕草自体にはなんの意味もなく、ただ料理に視線を落としただけなのは、見ていればわかる。それなのにいまは、なぜだか途端に焦りが湧いてきた。「志織、…

あたたかい毎日

 おいしいコーヒーとおいしいケーキが、たっぷりと心を満たしてくれる――温かくて優しい、癒やしの場所に出会ってから、雄史の毎日に楽しみが増えた。 これまでは家と職場の往復だけで、なんの楽しみもなかったのだが、仕事が終わると『Cafeキンクドテ…

半年先の約束

 カリカリと豆を削る音が静かな室内に響く。 いまどき手挽きで淹れてくれるとは珍しい、そう思いながら雄史は彼の手元を覗いた。 小さなミルは随分と年季が入っているように見える。それは汚れているとか、傷だらけとかいうわけではなく、彼の扱いや仕草か…

優しい場所

 無意識に視線を巡らせた先には、右手のカウンターに四席、左手に四人掛けが三席ある。それほど広い店ではないが、適度な間隔があり狭苦しい印象はない。 木目の綺麗な床は、柔らかな照明を受けてつやつやとして見える。さらに店の扉と、通りに面した壁面上…

梅雨空の心

 つくづく思う、どうして自分はこんなに不運なのだろうと。 ふいにため息がこぼれて、俯きがちだった雄史の視線が、アスファルトへと落ちる。ため息をつけば幸せが逃げると言うが、それならばもう一つも、残っていない気がした。  人生において…

甘恋-Amakoi-/09

 帯が解かれたことによりすっかりはだけきった浴衣は、もうすでにその役目を果たしていない。肩にわずか引っかかっている程度で、背徳的ないやらしさを倍増させるだけだ。 さらにハアハアと獣のような息づかいと甘やかな喘ぎ声が混じれば、その場の空気はや…

甘恋-Amakoi-/08

 二人で先に旅館へ戻ると、帰りを心配していた富に食事を勧められそのまま夕飯を食べることになった。昼の食事は味気なかったが、ようやく問題ごとも解決して美味しいご飯を思う存分堪能することができた。 晩酌もして食事が終わる頃には蒼二も紘希もかなり…