シリーズ

新しい黒猫いりませんか?07

 河原から土手の道に出る、申し訳程度の階段は、僕が通ってきた道の反対側にあった。 手前ばかりを気にしていて、向かい側を見落としていたわけだ。 水没した携帯電話を拾い、そこからなんとか地上に脱出して、雨の中を二人で歩いて帰った。 お店に着くと…

新しい黒猫いりませんか?06

 学校を背に右手へ、道を二本過ぎたら左へ、言われたことを反芻しながら道を辿り辺りを見回す。 けれどそこに昭太郎くんの姿はない。まだ近くにいるかもしれないと、電話を鳴らしてみれば、近くで甲高い電子音が聞こえる。 隈なく見渡しながら進むと、道の…

新しい黒猫いりませんか?05

 実に楽しそうに笑う、園田さんはしばらくこらえ切れない、と言うように笑い続けた。 しかし馬鹿にされたとは感じていない。あまりにも僕が明け透け過ぎて、それがおかしかったのだろう。 ひとしきり笑うとごめんね、と謝ってから返事を待つ僕の頭を、優し…

新しい黒猫いりませんか?04

 商店街のお店の、ほとんどがシャッターを上げる頃には、人の賑やかな声が広がり始める。 この辺りは小学校や中学校も近く、ここ数年のあいだに引っ越してきた、若いお母さんやお父さんなんかもよくやってくる。 それに加えて、昔ながらの商店街の良さに惹…

新しい黒猫いりませんか?03

 商店街を抜けて踏切を越えて、橋を渡ったもう少し先に小学校がある。まっすぐ向かえば子供の足で十五分。 けれど毎朝そこまでの道のりは、冒険のようだ。少し幼さがある昭太郎くんは、目に留まったものに気をそらすことが多い。 道で列をなしている、蟻に…

新しい黒猫いりませんか?02

 のんびりと美代子さんとの食事を終えて、洗い物を片付けると、時刻は六時になる頃だ。いつもと変わらぬ、その時間を目に留めて、僕は美代子さんに声をかけて家を出る。「行ってらっしゃい、今日も頑張っておいで」「うん、行ってきます!」 扉を開けると、…

新しい黒猫いりませんか?01

 鈴凪荘――ここで暮らす僕の朝は早い。 甲高い目覚まし時計の音が響くと、重たいまぶたを瞬かせながら、頭上にある時計に手を伸ばす。 時刻は五時。いつもと変わらぬ時間に目覚めた僕は、腹にかかっているだけのタオルケットと、敷き布団から抜け出す。 …

紺野さんと僕08

 雪がちらつく寒い冬の頃。紺野さんと僕は出会った。その時のことは、今でもはっきり覚えている。「飯が食いたきゃついてこい」 それが紺野さんの第一声。 本当に野良猫でも拾うかのような勢いで、道に座り込んでいた見ず知らず人間である僕を、あのアパー…

紺野さんと僕07

 背伸びをして、目盛りを下ろしたのはいいが、これでは肝心の数字が見えない。仕方なしにちらりと、近くにいる紺野さんに目配せをしてみた。 しかし一瞬あった視線をふいとそらされる。「紺野さん、無視しないでこれ見てよ」 めげずに身振り手振りで頭上を…

紺野さんと僕06

 瓶の口に被せられたセロハンを取り、小さな摘みを引っ張って紙蓋を開ける。そして瓶を傾ければ、喉の奥へ甘い液体が滑り落ちていく。「んー、風呂上がりはやっぱこれだね」「ミハネくん、あんたホントによく腹壊さないな」 続けざまに瓶を二本空にした僕に…

紺野さんと僕05

 何から何まで世話を焼き、部屋を勝手に出入り出来てしまう、勝手知ったる間柄。けれど紺野さんが僕を意識してくれない限り、甘い関係になることは高い確率でない。 それは風呂に一緒に入ってる時点で一目瞭然だ。 多分きっと紺野さんは、僕のことを本当に…

紺野さんと僕04

 どんなに愛想がなくても、感情こもってるのかが曖昧でも、紺野さんがそう言ってくれる間は、まだ僕の居場所はなくならない。 だからそれを聞くだけで僕は満足なのだ。「湯当たりするからそろそろ上がろう。紺野さんもう二日以上なにも食べてないんだから倒…