短編

こぼれた弱さ

 他人に振り回されるなんて真っ平ごめんだ。こんな面倒くさいことほかにない。どうして関わったりなんかしてしまったんだろう。「……痛っ」 ふらふらと階段を上っていると、数段上ったところで俺は思いきりよく段差に爪先を引っ掛けた。しかし傾いた身体を…

素顔

 昔から人があまり好きになれなかった。人の輪の中で同じ空気を吸い込むことも苦痛に感じることがある。人の裏表を見ることが多くて、そのギスギスした感情に嫌気がさした。ヘドロのような醜悪さを人に感じるようになって、いつの間にか人に触れられることさ…

本音

 駅前でタクシーを降り、馴染みのバーに瀬名を引きずり込んだ。そして気が付けば飲まないと言った酒は充分過ぎるほど喉を通り抜けて行き、うとうとし始めた肩を揺すられる。「飲みすぎじゃないっすか」「いーや、んなことない」 肩の手を払い、渋々俯きがち…

思わぬ登場人物

 大人しく帰ろうと店を出たのは良いが、こんな半端な時間に家へ帰るなんてことがないのですごく変な気分だ。終電が過ぎようとも賑やかなこの辺りは、今まさに盛り上がりはピークな頃合い。「渉くん今日はどこ行くの?」「んー、今日はもう帰るの」 ラビット…

悪癖

 まさに予想外の反応。 彼があんな反応を示すとは思わなかった。一番の安全牌だと思っていたのにとんだ誤算だ。とはいえ急に素っ気ない態度をするもの可哀想なので、なんとなく誤魔化してその場を凌いでしまった。 やっぱり次からもいつも通りにしたほうが…

忠告

 白い外壁が目が覚めるほどに眩しい北欧風の建物。その佇まいはその一角だけ、日本であることを忘れてしまいそうな違和感。そんな建物の玄関先までタクシーを乗りつけ、俺はUターンに四苦八苦している運転手に向け、満面の笑みでひらひらと手を振った。「お…

悪夢

 なにもない静かな空間が広がっている。薄暗くなんだか寒々しい場所だ。音もなく風も吹かないそこはとても空虚で、足元から暗闇に飲まれてしまいそうだと思った。孤独を誘う空間を見渡せば、人影が数メートル先にぽつんと立っているのが見える。「佐樹ちゃん…

嫌いなもの

 いまだ起き上がらない俺を見かねたのか、ミサキは小さな子供をあやすみたいに頭を撫でてくる。その感触にちらりと視線を持ち上げれば、くしゃくしゃになるほど髪を撫で回された。「もう、ミサキちゃん。なにしてくれちゃってんの」「うふふ。そういえば、今…

失恋

 すごく大好きで、愛おしくて、彼がいるだけで世界が眩しくて、真っ白な輝きに満ちていると思えた。それは大げさなんかじゃなくて、俺にとってはそれくらい彼の存在が大きくて、心の安らぎでもあり、支えでもあった。 けれど彼は――気持ちには応えることが…

07.甘い果実の香り

 可愛くて愛しくて、触れるたびに感情があふれ出す。何度も刻みつけるみたいに身体を繋げて、腕の中に閉じ込めて、唇が腫れそうなほど口づけた。しつこいくらい押し開いて、最後のほうはほとんど泣かせてしまった。 それでも気持ちは収まるどころか膨れ上が…

06.高ぶる感情

 俺にまたがった雪近は至極楽しげに笑い、嬉々として下肢に手を伸ばしてくる。散々雪近の色気に当てられた俺の息子は、バスタオル越しでもわかるくらいに張り詰めていた。正直言うとあまり触れられるとすぐにでもイってしまいそうなほどだ。しかしそれでは男…

05.艶やかさと初々しさ

 入れ違いで風呂に入りシャワーを浴びた。正直ちょっと興奮し過ぎて水を被ってしまった。先に出ていた雪近は俺と同じく腰にバスタオルを巻いただけで、無防備に素肌をさらしている。いままで一度も裸なんて見たことがなかったから、それだけでもう変に気持ち…